
履歴書ブログ
2025年
1月
22日
水
最近気にして行っていること

最近気にして行っていること
うちのわんこのお散歩の時に、毎回ゴミを拾って帰ってきます。 多少は役に立つお散歩にしたい。
うちを辞めた社員さんに「毎日ゴミ拾ってる」「拾ってますよ」でも仕事もしないとダメじゃない・・・ なんて会話がありました
ゴミ拾っただけではダメなんですよね。一つゴミ拾えば一つだけ心がきれいになる・・・だったかなぁ(先日読んだ本に書いてあった) 一つだけなんですよね
仕事もして、ついでにゴミも拾ったらいいっしょ
ゴミ拾ったくらいでいい人間になれないべさ
てなことでゴミは拾わさせていただいております。最近はY姐さん(日本一のクレーム対応コンサルティング)の影響で
他のわんこのう○ちまで拾っております。見た目悪いですよね、歩いててそこらに落ちているのは
Y姐さんが、フェースブックに書いていたので真似しております。
最初はとっても勇気が入りましたが やっぱり通学路とか道の真ん中は見た目が悪すぎる
そんなことやる人はしょうがない、ただ淡々と拾っております。
いつも思うんですよね 僕は世の中のためになっているのか?
世の中のためになっていなかったら存在価値がなくなって、この世から消されてしまう。
消されてしまうまではないけれど、楽しい人生は過ごせなくなる
そうそう ラッキーが逃げていってしまいそうで。
頭の硬い人は、もうちょっとガス抜きできる場所があるといいのになぁ と思います
あまり真面目すぎると、どっかで硬いものにぶつかって許せなくなったり 自分が大きく挫折する時がある だから僕は「ピンポン玉のふみちゃんなのです」(あっちふらふらこっちふらふら)
できないことがあるから世の中面白い気がします。
だから
そういうこともあるよなぁ〜 そんなに言われて 頭くる〜けどピンポン玉だから〜
え〜 いったことと違ってるじゃないですか〜・・・残念だなぁ〜あなたそれが改善できたら
もっともっといい仕事できるのに 残念残念 近づかない
なんでいったことわかってくれないのよ〜そうか生まれ育った環境違うからしょうがないよね
え〜こんなこともできないの〜そうだよねもうちょっとできる範囲からスタートしよう
勝手に書いてるから好き勝手書くと
僕らはそこまで頑張って、いろいろなことに耐えたからこの場にいるのだと思う
目の前のことをしっかり行動する。 結果は後からついてくる
2025年
1月
21日
火
履歴書 21 習い性

僕は昔からの癖で飲食店に入ったら1日の売り上げを計算して月の売り上げを計算
経費を計算していくら残るか計算する癖がある
だいたい外さない
飲食は大変だなぁといつも思う
僕が関わっている「夜空のジンギスカン」は、多店舗展開して売り上げも上がるしお金も回る
だから成功していると思う。最初はそこの社長にいつもNGを出して、よく嫌われた覚えがある
商売とはそれくらい真面目に正直にやらないと、成功はおろか続けられないということなのです。
商売の成功には 真面目に 嘘がない スタッフのために一肌脱ぐ 自分の思うようにならなくてもじっと我慢 明るい未来をいつも語る
非情なときも必要 金遣いがきれい、荒くない
いつも笑顔・・・
あと癖は そのものが面白くなるまで追求したい
もしワインなら 産地がわかって、品種がわかるくらいは追求したい
もしスノーボードなら どこでも滑れてカッコよく滑れるようになりたい
もし商売なら 最先端のちょっと後ろで、スマートそうに商売をしていたい
よく商売のコツ なんかを隠す人がいますが、僕は全てオープンに伝えます。社員さんにもそこは伝えて全てオープンにしてもらっています。
なぜって
それは、最先端のちょっと後ろに居たいから 教えたことはもう古いのです。もっともっと次を求めて日々仕事をしているから 今までのことは伝えちゃったほうがいいのです。
伝えることで自分の理解も増す そこがスマートでかっこいい と思いません?
そうそう スマートでカッコよく生きたいと思っています。
最後にいい格好して なんて思いません そのままでいいと思います。
自己満足でいいのです 最後は自己満足で死んでいくのだから。
死ぬ時になんと言いますか 「大変だったけれど最後は穏やかでいい人生だった」
なんて言えたらかっこいいですね
僕は財産は残して死にません
どこかの団体に全て寄付させていただく手続きをとって死のうと思います。
僕も親からの財産なかったから頑張ってこれた。
もし親の財産たくさんあって、「あ〜ら若だんさん」なんて言われてたら
こんなに頑張ってこなかったと思います。
僕は弱い人間なので、流されていい加減な人生を送っていたかもしれない
でも僕は強い意志を持って なんて思っていませんが
いつも言ってます 「ピンポン玉のふみちゃんだから 」
それくらいでいいのですがやらなくてはいけない時は動く てのがいいと思います。
2025年
1月
11日
土
履歴書 20 65歳の歳を迎えて

65歳になる歳を迎えて
あ〜よくここまで来たなぁ
思えば大変なこともたくさんあったけれど
よくここまでこれたもんだと思います
22歳から社長業をやっていて、どうなるかわからない綱渡りの人生だった。どうにか乗り越えてラッキーにもここまで来れた
人とは同じ人生では楽しくないので、変わった人でずーっと生きてきた。そのおかげでPTAとか町内役職とかは全く声がかからなかったので良かった。
会社はともかく成長軸に乗せて、次々に挑戦して社員さんにはそれに付き合ってもらって成長してもらった。
40歳過ぎまで店には出て、仕事をしていた。ともかく棚を磨き上げて展示の仕方 見え方 棚の見た目の色合いまで考えてた。
そして各店を回って、次々と指示を出していた。
年間2万キロ以上車で走っていた。
今思うことは 「もう、人生を終えるまで20年くらいだなぁ 何ができるだろう もうご先祖さんの最上谷という会社の復興もできた。 人生でやらなくてはいけないことはできたかなぁ」
会社も 今度大変な事が起きた時に回復させる体力が続くかなぁ 厳しいなぁ
今は社員さんが店を回って仕事をしていただいている。 ありがたい
一番動いてくれている社員さんには「このままでいいじゃないですか、まだ社長してください」
と言われている でも「成長がない会社は衰退しかない」このままで行ったら、絶対衰退になる
いい物件があったら、動かなくてはいけない時もある
力づくでも前に進む社長がいないといけない気がする
僕は後継もいないし、社員さんに社長になってもらうことも勧められたが
人間にはその人の場所があって 一番輝くところはその社員さんは社長業ではない気がする
社長業は現金を借りてくる事ができなくてはいけない
よく社員さんに聞きます 「いま 銀行に行っていくら借りてこられる?」
僕は今多分1億くらいなら借りてくる自信がある
そこまではいかないけれど、1千万円は借りてこられないといけない
そのためにちゃんと銀行と付き合っていれているかどうか
ちょっと時代は違うかもしれないけれど、そうゆう気がする。
僕も20代の頃にとても苦労して信頼関係を積み上げてきた気がする
経営計画書も毎年銀行に出している(銀行の支店長が読んでないこともあるけど・・・)
よく頑張ってきたともう 運が尽きなくて良かった みんなが頑張ってきてくれて良かった。
2025年
1月
10日
金
履歴書 19 年齢

こんなヅラとステテコ 腹巻きして 若い頃は必ず会社の飲み会で余興をしていた。
バカみたいなことしてみんなで笑って、飲みたかった。
やるなら社長がやらなくちゃ誰もできない・・・
20代の頃に早く30歳になりたかった。
30になったときに、全く何も変わらなかったことを覚えている。
「お兄さんは若いからわからないんだ」「若いからできるんだ・・・」「若いくせに」よく新刊本や関係者に言われた
ダメなもの、間違っているものに違うと言って何が悪い
今までは なんて言ってるから衰退するんだ
ブックオフをやってとても楽しかった。そこで目一杯仕事して、将来を信じて出店もした。借金も増えたけれど責任も増えていった。
いつになったら楽になるのか といつも思っていた
いつになったら会社のお金が潤沢に回って、社長の僕がお金の心配しなくて済むのか
本当何年か前です なんとかなってきたのは
借金が減って、売り上げが上がってきた 社員さんのおかげなのですがね・・・・
歳とっても考え方なんてな〜んにもかわりません 小学校の頃と変わってないと思います
やんちゃなこともしたいし、「なにぃ〜」と思うこともあるし
ちゃんとしなさいって言われることもたくさんある
でも、判断基準が変わった たくさんのことを習って 痛い目にあって 体でわかった
年をとるということは、たくさんの知り合いが増えて、その方達と笑顔でいれる時間を増やすこと
そういう友人をどれだけ増やせるか そうして歳とった時に 笑顔でいられること
そういう気がします。
昔はいい気になって、人とは違うって思ってそれが態度に出て
よく嫌われた事が多かった
ある時 知らないところでみんなに優しくされて大歓迎された事があった
その時みんなに聞いた「どうしてこんなに歓迎してくれるの?」
「だってあんたいい人だもの」と言われて すっごく嬉しかった
「変われた」と思った時だった 虚勢をはって生きて、大きく見せることをやめた
話の話題は、自慢しないようにいつも心がけている(酔っ払った時はたまに失敗しますが)
自慢できないけれど、いい生き方をして ずるくない 素直な考え方をして
みんなが喜ぶことを考えることじゃないのかなぁ
と 六十五歳の年を迎え思うことのできるようになった保育所で年下の子をいじめてた
いじめっ子を懲らしめてたおねしょしていつも泣いてた僕は思うのです
2025年
1月
08日
水
履歴書 18 愛してる 楽しい

愛してる
僕は最近まで意味がわからなかった
好き は言えるのですが「愛してる」意味がわからなかったので言った事がなかった。
冷たい人間と思う方も多いと思うのですが 好き とどこが違うの? 無償の愛なの?
最近ですなんとか分かったのは 要するに人間しっかり生きれてなかったという事なのかもしれません。でもなんとかはなるもんですよ!
楽しい
これもわからなかった スノーボードをやっても ヨットをやっても 「上手くなりたい」「もっともっと努力して・・・」と思って、楽しいと思った事がなかった 一時期悩んで色々な本を読んで 「口に出していっってごらん」と書いてあった。
そうなんだと思い スノーボードで上から滑っている時に「楽しい 楽しい」と呟いて滑って下に着いた頃には 「楽しい」と思うものなのですよね これって素晴らしい!
口に出したことは実現するのですよね うちの会社の休憩室の前には 「愚痴 人の悪口禁止」と書いてあります。 なぜって みんながそんなことで不幸になって欲しくないからです。
実際僕は今 「幸せだし 人を愛してるし 毎日楽しい」です
戻れるとしたらいつに戻りたいですか? と聞かれることありませんか
毎回答えます 「戻りたくないです 今が生涯で一番幸せだから」と答えます
そんなダメな僕をブックオフ本部の中でいつも守ってくれた橋本さん(画像はまだ仕事してた時の橋本さん) 「そういえば 清水国明さんのお姉さんで バイトさんから社長になった・・・なんたっけな〜」
のおばちゃんです 僕らは絶大の尊敬の言葉で「おばちゃん」と言ってます
大変な時も、会社の運命を決める時も いつも公正で余計なことは言わないけれど
とてもしっかりとした真のある発言をする 素晴らしい方です
今はブックオフを引退して、色々な活動をしているみたいですが
いつも心配してくれる大切な先輩で 大好きな方です
ブックオフをお辞めになるときにある方から「最上谷さん辞めるのとめていただけません」
と言われましたが、めちゃくちゃプレッシャーの中戦ってきたのをわかっていたので
「もういいんじゃない 辞めさせてあげなよ」と言った記憶があります。
人間自分が輝いている時はそう長くなく、あとはみんなを照らす役目にならなくてはいけない
僕もそろそろ引退を考えているときに
「社長 次の店の候補地があって 1億かかります」と言われたときに
5年で返したとしても 70歳になる 70歳超えた勢いのない社長はいらないと思う。
自分の体や年齢を気遣って、会社の勢いを落とすなら そんな社長はいらないと思う
みんなの先頭で大きな旗を翻して 「おーい こっちだぞ〜」と大きな声出して
先頭にいる社長像しか僕にはない それができないならそろそろ引退かなぁと思ってきた
2025年
1月
04日
土
履歴書 17 お金の話

ダム式経営で ダムにたくさん溜まったらちょろちょろ使って・・・と稲盛さん位教えられ
そんなんいつ貯まるのよ と思っていましたが思い続けることが肝心で
会社もそうですが個人でも一緒です
うちの従業員さんが、社員旅行の時に僕より立派なもの持っていた そうかそうか給料そこそこあげてるからいいもの持ってるなぁ〜
彼はその後、ずーっとお金も幸せも少ないように見えました つまりどこかで我慢して世の中の流れに逆らわなくてはいけないのですよね、みんなお金使っている時にじっと仕事をする。浮かれて福袋買ってる時にそーっと見送る
何度かそれを繰り返すと新しい流れが出てきて、なんとなくお金が溜まってくる。そうしたらしめたものでそれをなんとか継続すると結構貯まる。 お金を使うなとは言ってないけれど新しいものにすぐ飛びつくのは欲求だけなのですぐ飽きるから、ちょっと見送る。
そうして溜まったらちょろちょろ出しても結構いい思いができる。10万貯まってちょろちょろと、100万貯まってちょろちょろとはわけがちがう 自分のためでなく誰かのために使うのもいいよね
僕は世の中に必要とされて、世の中からオフリミットされたら困るように 「思い」
あくまでも思いですが 国境なき医師団と京都大学のips財団に寄付を続けている。
些少ですが、世の中のためになっていかなくてはいけないと思い・・・・
お金が溜まったら遊びも大きく 50歳の時に画像のヨットを買った
体力あるうちに10年遊べればいいや、60過ぎたら大変だろうしと思い
今まで乗っていたヨットを100万円で売って レクサス1台分くらい出して10年落ちのこのヨット
ナウティキャット 321を買った めちゃくちゃ楽しかったですが
北海道では5ヶ月しか乗れなくて、整備にめちゃくちゃ時間かかって60歳の頃に手放した。
優雅に見えるけど、荒れた海で一人で船で函館から帰ってくる時など
「なんで俺こんなことやってるんだろう」と思うことがよくあった。
基本一人で乗ってて、函館とかに行って隣の友人の船と一緒に何泊もしたりしていた。
違う世界を見れてよかったけれど基本ヨット乗りは変わり者が多くて
コミュニティはちょっと歪だったような気がする。
綺麗に乗っていて、整備もしっかりしていたのでいい金額で売れたので
年間40万くらいで遊べたかんじ 決して成沢な遊びではない気がする
5メータくらいの風で、波がない時のセイリングなんてしたら(一年に何回しかないですが)
「あ〜このためにヨットに乗っていたんだ〜 グビグビ(冷えたビールの音)」
ていうのが楽しかった 船に行ってお酒飲んで、DVDみて寝るだけでも楽しかった。
1級船舶免許持っているので、いつかタグボートのような船が欲しいなぁ〜
ともかく一杯お金ためて 遊びのスケールも大きくする だから楽しい
2025年
1月
03日
金
履歴書 16 場所

商売の場所
商売の場所は 屋台柱を大八車に乗せて移動せよ
みたいな言葉が頭に残っている
東室蘭の駅前通り ターミナルのそばで生まれ育った私ですが、そこで親から受けついた新刊本屋をやっていた
今は店も土地も売ってしまったので、アパートになっている もうそういう場所ではなくなっているのだと思う
お客様のたくさんくる場所、商売ができる場所にどんどん移動するべきなのだと思う。いつまでも同じ場所にこだわっていると、努力してもなかなか素晴らしい結果は出ない。
そこの商店街で一生懸命活動した お祭りも神輿担いで走り回った 収穫祭という一大イベントまで立ち上げた が、もうその時の人たちもいなくなってしまっている そういうものだと思う。
住む場所
どこでも住めるでしょ? 旅行に行って、地元に帰る時によく思う
「なぜ帰らないといけないの?」 仕事があるから帰らなくてはいけないけれど
どこでも仕事はできる、必要なのはスキルであって場所ではない気がする
日本中どこでも生活はできると思う あなたはどこで暮らしたいですか?
北海道に60年以上住んでいて 北海道しか知らないなんてつまらない
僕たちは全国をキャンピングカーで回った どこに行ってもいい人ばかりで
ここもいいなぁ あすこもいいなぁ と思って全国を回った
歳とったら、暖かいところに住みたいと話をしていた。
静岡も候補に上がった 新潟はとても繁栄していて東京とすごく近い 九州は肉が美味しくて野菜も美味しい。 金沢はとても雅な街で 広島の竹原には美味しい鉄板焼き屋さんがある
高知は大先輩の街で、宮崎ものどかでいい 佐賀 都道府県人気度で 最下位を独走中
なぜ 牛肉は日本で一番美味しいと思うくらい美味しい 野菜は甘味がある
人がとてもいい 最初はみんなに聞かれた
「人気後1位の北海道に住んでるのに どうして最下位の佐賀?」
いつも言ってました 「人がいい」
本当にいい場所が見つかったと思っています。
今は海外に行くよりも国内がめちゃくちゃ面白い
画像は2018年にワイン会の先輩がタストバンを首相した時にワイン会の仲間で行ったパリ
パレロワイヤルのオブジェになった像
2025年
1月
02日
木
履歴書 15 おかれた場所

自分の置かれた場所で やらなくてはいけない役目
その置かれたポジションで、やらなくてはいけない役目は
これくらいでいいだろうな ではいけないと思う
その役目は、誰から見ても素晴らしく輝いて「演じなくてはいけない」 演じる?
自分が思っているそのポジション では全く役に立たないってこと。たとえば この役目稲盛さんだったら うちの社員さんだったら 社長だったらどう考えてどういう判断するかを演じる
心なんてついて来なくてもいい ただただ演じてゆくのです。
同じようなポジションでとても輝いている諸先輩や後輩までも、真似して超えていかなくてはいけない。それも継続的に
(えてして一瞬の輝きの人が多いから継続的に)
それが習い性になって、普通になるまでやり続ける。
札幌のジンギスカン屋さんが順調に経営できるようになった時に、同じ出資者の先輩に「よかったですねうまくいって」と話したら 「一番よかったのはモガ(私のこと)だろう」「え どうして」「私とKさんのいいところ全部吸収しただろう」「エ〜わかっていたの〜」
ということで僕はお二人の先輩の考え方しぐさ、話し方まで真似して、いいところと僕のできない考え方を吸収したのがバレバレだった 本当にいつまでたっても頭の上がらない先輩方です
役目ですが 今のポジションをミッションクリアしたら、次の役目が出てくる
その役目はちょっとレベル高いのが現れますが、やはりそこも同じことでどんどん吸収真似して
(真似はい悪いことではなくて、自分が無いものを吸収する素晴らしいこと)
ミッションクリアまで持ってゆく
そうすると、いつの間にか収入も、人間性も備わってくる気がします。
だっていい人、お金持ちの人、素晴らしい尊敬される人の真似してるんだから
そうならざるおえない
最近若い人に「〇〇のようになりたい」「次のポジションに行きたい」どうしたらいいだろう?
とよくきかれる
その時は「ずーっとそこをブレずに思い続けなさい 想いは叶う」
この言葉は稲盛さんの子供向けの書籍にあるのですが
あなたのその想い、ずーっと思い続けなさい 寝ても覚めても そうするとあなたの夢は叶います。
と書いてあったから間違いない
僕も今になって振り返るとそう思う 無茶な夢でない限り 身勝手な夢でない限り
世の中の流れに逆らわない夢である限り
夢は叶います
地方の小さな新刊本屋の息子が 人生の最終段階近くに入ってきた時に
よくここまできたなぁと思いますもの。 運も必要 思ったことでないこともやらなくてはいけない
全て思い通りなんていかない 自分もそうだけれど相手もそうそう変われない
でもなんとかやって来れて、今のポジションにいる
魔神ブーのように全てを吸収して 成長したら夢は叶う
だから今の役目を 誰にも負けない努力でするべきなのです。
2024年
12月
30日
月
履歴書 14 親との関係

僕の両親は 中流階級の上 くらいの収入があったみたいで、お金についてはあまり困って記憶がない。
よくある町内の商店街店主たちとよく遊んでいた
マージャン ドライブ ダンスパーティー
それも年々一件ずつ無くなって・・・・
ということで優しかったけれど、仕事に関してはいい時の仕事の仕方で いつも通り を繰り返していた。
本屋の支店体制でお店を営んでいて お金のことはいっさいタッチしていなかった これが大変でその支店を買い取る時になって お金勘定が上手ではないのでどう考えても支払いきれない金額の条件をのみ 借金を作ってしまう
その時は適当に仕事して、サーフィンして酒飲んで・・・なんて気軽に考えていた僕は
会社のお金が回らなくなって会計事務所に「お兄さんこのままだと潰れるよ」と言われて
嫌だ〜と思いつつ 真剣に仕事を始める 多分22歳くらいかなぁ
それから親とは毎日喧嘩状態 父を否定して、母とは口をきかない
商売は、お金を回すために色々な方に助けられ朝から晩まで働いた
毎月払えない借金の額を、借り換えして期間を延ばしてギリギリ払い
長年勤めていた社員さんに辞めてもらい、アルバイトさんを減らし なんとか借金を返し続けた
そのために最初に書いたけれど色々な商売の仕方を勉強して実践した
その借金がなくなり始めた頃 ファミコンのリサイクル業に出会う その利益で会社が動き出した
日曜日はもちろん、1月も1日から店を開けて 店の前の道路は車の駐車で一杯になるくらい稼いだ
その頃結婚して父の土地に自分たちが大工さんに混じって仕事をして家を建てた
家のクロスはりは専門学校時代の先生の実家に頼んだ
その家も建てて一年で、父母に明け渡すことになったけれど・・・
そんなこんなで、父母とは全く口をきかなくなった
仕事のことばかりで、人間形成は歪な人間だったと思う
そんなやつがちょっとお金を持っていい気になっていた
実生活では、たくさんの失敗をした 今言えるのは「ごめんなさい」
仕事ではうまくいっていたものの、本当に無茶苦茶だった
父の葬儀の時、親戚中から白い目で見られ 「おじさんなんか大嫌い」といとこに言われ
お金の面では僕がすべた支えたけれど、全く認めてもらえなかった
ビジネスではなくて感情で動いていた親戚とは、つい最近まで疎遠でした
それでも、こういうきっかけをもらわないとここまで頑張れなかったと開き直り
母のところに通うようになって、一気にその蟠りがなくなった 親戚との仲も改善した
子供は親を超えなくてはいけない 子供の頃に教えられたらそれをベースに乗り越えるために
僕は否定して乗り越えたけれど それ以外は親と同じ考えで
同じ給与水準で 同じ末路を辿っている
よく社員さんには「親を超えるんだよ」と話をしている。
否定しないで認めて乗り越えたらいいよ と!
こんな僕も坂本(ブックオフ初代社長)さん稲盛さんのおかげで
今は、いい人たちに囲まれてとっても幸せに暮らしております。
昨日も近くのおばんさい屋さんで持ち寄り忘年会があって、お誘いを受けて参加してきた。
思うことは いい人たちに声をかけていただいて仲間に入れていただいて
幸せな人生だなぁ〜
失敗はたくさんしたけれど、いい人生を送っております。
2024年
12月
26日
木
履歴書 13 経営計画書

経営計画書の作り方 の講座が盛和塾東京で開催された。毎月欠かさず東京に通って、真剣に作り方を勉強して。宿泊のホテルでもう一度復習して
その年から当社の経営計画書を作り
次の年から「経営計画発表会」を銀行、会計事務所、社員全員、選ばれたスタッフさんでホテルの一室を借りて開催した。
その後は、旅館に映って飲んで食べた語り合った
とっても楽しい時間でした。
その中で社員さんの発表、僕の発表
その後「社内のみんなでフィロソフィーの勉強会」をした
画像は「一回経営計画発表会を本部の会議室を借りて行いたい」ということで
本部の会議室を借りて、うちの社員さん、本部のうちに関わっていただいてる社員さんで経営計画発表会をしているところです。
この時も横浜に泊まって、中華料理店の2階で大宴会を行いました。
今年は何を目標に仕事を行うのか 各店の売り上げ目標 会社の今年の目標 会社のルール などと
会社での考え方が詰まった計画書を作っています。
とはいえ、なかなか計画通りになりませんが
でも地図があって動くのと、何も計画がないで動くのは雲泥の差。
売り上げもいつも〇〇億と計画して旗振ってましたが
なかなか届かなくて、ま 売り上げはいいのかなぁ〜 って気にしなかったら
あれ もう届いてるじゃん みたいな感じで
何事にも執着心を持って行ってはいけないという事ですね。
目の前のことを淡々とこなしていったら、知らないうちにそこに到達している
絶対そこには運もあるから お天道様は見てござるなのです。
最近佐賀(佐賀?)で、言い方とたくさん知り合って
とっても素敵な時間を過ごしております。
社員さんにも、遊びに佐賀に来なさいといつも言ってます
見たこともない九州の地、そこに泊まれる場所がある
きっかけはたくさんあった方がいい 小さなところでまとまっていてはいけない
いっぱい仕事をやって、いっぱい遊ぶ 遊びも楽しさが見えるまでの領域までやる
たくさんの学びが商売の中であって、それが人間を成長させてくれる。
とっても実感しております。 僕は稲森さんと坂本社長に出会えて
本当に幸運な人間だと思っております。 その幸運をみんなにも味わってほしい。
社員さんにはいつもこんなことを話しております。
2024年
12月
24日
火
履歴書 12 ずーっと続けていたこと

ずーっと続けてきたことは、ワインの勉強会
30歳になった頃かなぁ 当時の学研の北海道支社長「嘉村さん」に
「お兄さん ワイン飲む」「はい 少し」
当時 ワインは近くのお酒屋さんに行って、一升瓶ワインを飲んでいた。今から思えば とっても恥ずかしいけれど
「室蘭ワインティスティングクラブ」を紹介していただいて。ともかく毎月通って勉強しました。
最初は何もわからず ソーヴィニヨンブランの香りを「猫のおしっこ」と言ってよく怒られた。
ここのメンバーにたくさんのことを教わったし、たくさんの経験をさせていただいた。
ある時は、色でボルドーワインをみんな当ててしまうので 部屋の電球を取って
薄暗い中でのティスティング ある時は DRC(ドメーヌロマネコンテ)の飲み比べ
当時はメンバーが1万円くらい会費出すと飲めた時代だった。
画像は 奥野敏雄記念 ワインきき酒コンテスト で優勝させていただいた時の画像
札幌で毎年2月に行っている ワインのブラインドコンテスト 毎年50人以上のアマからプロまでが出席するコンテスト 優勝した時に室蘭のM先生が、喜んで涙ぐんでたのが印象的でした
長年やっていると、こういうご褒美もいただける
仕事も一緒で、長年しっかり勉強して積み重ねていると 僕みたいな人間でも成果はきっとあるということのような気がします。
仕事は 毎月の数字を見ながら、その数字を生かして何をすればもっと良くなるか考えて
まず実行してゆくことの繰り返し。 そこを怠ると、周りはもっと努力しているので置いてゆかれる
社員さんには毎回伝えています 在庫の停滞は現金の不足 「あなたたち今月の給与を、段ボールに入っている本で支給されたら嫌だよね 売れ〜」
何人もの社員さんがさってゆきましたが、共通しているのは「正直じゃない」
稲盛さんんがいつもおっしゃっていた「おてんとうさまが見てござる」が信じられない
陰でこそこそサボっていたり 言い訳を繰り返して仕事してなかったり 我先に「会社経費ですから」
なんてやってると、仕事の結果は出ないし 店のためだったり、スタッフのために動けない社員さんは 巻いたタネが綺麗じゃないので咲いた花は後から後から綺麗じゃない
何度伝えても、何度救っても気づかない社員さんもいます。
そういう社員さんは厳しいですが、「どうぞ自分の思う仕事のできるところに行ってください、僕らはもっと素晴らしい結果を出したいのでこのチームから抜けてください」と伝えます。
そう伝えると「嫌です」とか「私はそんなことは思っていません」とか言いますが。
「残念ながら他の社員さん、スタッフさんは会社の方針に沿って明るく笑顔でもっと仕事してくれているので」と伝えます
今いるところ、今ある環境に感謝しなくてはいけないということです。
2024年
12月
23日
月
履歴書 11 給料の話

給料ってたくさんもらえれば良いですよね
さてどうしたら給料が上がるのでしょうか?
一人で店を経営していて、売上が300万円 利益が100万円 家賃水道光熱費 60万円 収入が40万円
もし借入しているならそこの金額から支払う
(借入金は経費にはならない)
そうすると大体30万円ちょぼちょぼ
大きな借金をして、店を作って30万円ならつまらないよね
そこで人を入れて商売を大きくしてゆく
同じ条件でもう一件店を作って、スタッフを入れて運営する
収入が40万円✖️2(2店舗分)=80万円
スタッフさんが2人 15万円✖️2 30万円
80万円➖30万円=50万円
ここでやっと収入がアップした でもそこから2店舗分の借金を払わなくてはいけない 儲けが出たら税金も払う
なかなか収入は増えない そういうもんなのです。 多分飲食店さんはこれくらいで頑張っていると思う
さて 月収100万円にするにはどうするか
要するにスタッフさんからのピンハネなんです
スタッフさんが月35万円の利益をだす仕事をしてくれるとする
そこから1万円だけ引かしてもらって社長がいただく
そのスタッフさんが100名集まれば100万円
もし35万円利益を出したスタッフさんから、5万円取ったらスタッフさんは面白くなくて
やめてくし仕事も楽しくやれないと思う
収入って、みんながたくさん会社に利益を出せる動きをして(教えて)
そこのちょっと溢れてきた利益をみんなで分配する 社長はそこのあまりをいただく
でも、何か起こった時のために 社長は贅沢しないでお金を貯める必要がある
それができない社長は、世の中に認められなくていなくなる
あまり欲出すと売り上げも上がらないし、スタッフさんも育たない
そして成長したいと思っている人を応援する 自分が通った道だから
そこができるとたくさんのラッキーと笑顔が降り注ぐ
決して 嘘をついて 人を騙して 仕事をすると。大きなしっぺ返しがくる
黙ってたらわからないだろうと思っても、絶対にバレてしまう
お天道様は見てござる
わからないだろうと思ってずるいことをしたら
大体社長なんかをやってる人種は、感覚が鋭いのですぐ異変に気づく
でも余計なことは言わないでジャブくらいに抑えてわかってもらいたいといつも気つかってる
それでもわからない人は、大きな代償を払うことになる
とっても残念だけれど、しょうがない 人を騙したら
ずるい事 悪口 妬み ひがみ 陰口 これは本当に自分の運を落とす。
お気をつけください
2024年
12月
19日
木
履歴書 10 商売の話
たまに仕事の話をします
商売って どうしているのか
ぼくは「ブックオフってバカだなー 全然金額わかってない やった―安く買えてラッキー」
と、お客様が買ったものを見せてみんなに自慢する してくれる店。
「えーっ それだったら損しますよ」なんて社員さんにいわれますが
そのほかでちゃんと儲けていて、そういう目立つものは安く売ってしまう
本当は1000円儲かるんだったら もうけを600円くらいに抑えて2個売る
そういう商売を心がけてきました
そして在庫は「現金」 在庫を貯めたら現金を倉庫にためているのと一緒
ぜーんぶ店に出して売りなさい 売れるだけの在庫回転率にしなさい
在庫回転率というのは 店の在庫金額が何日で売り切れるか。
1か月在庫回転率が1回転だと 現金が減っていないということ
売り上げが100万円 在庫金額が200万円 だとしたら
一か月後 在庫金額が200万円だと 売れた金額がちゃんと現金で残る
そこから、給与 家賃 水道光熱費 を払えれば一番いい
でも
売り上げが100万円 月末在庫が300万円だと
社員給与はおろか、自分の給与ももらえない
ここが商売の肝かな
単純ですが結構ここを語らない人が多すぎる
うちの会社は 徹底的に在庫を確認する
昔からの商売の仕方で、ここはしっかりかくにんしています
よく 販売原価在庫 なんていうこと言って
店に在庫をガンガン貯める店もあるけれど 僕はとても賛成できない
だって、ブームが終わったらその在庫は 不良在庫 に変わる
博打をしてすごい在庫を持って、売り上げ2000万円なんて言ってるのを見ると
「いらない 売れ」と指示します
売り上げがすごく良くても利益が 5%なんていうのは許せないし
自己満足でしかない
しっかり売って ちゃんと利益を出して ちゃんと会社運営をする
そして 法人税をしっかり払う 世のため人のため
稲盛さんに教えていただいて、大変ですがそのように思っております。
昔は法人税が利益の50%くらいだった時に
泣きながら税金を払っていたことを思い出します
そこをしっかり乗り越えたから、今の会社があると今頃しみじみ思います。
そういうことをしっかりしてきたから、おかげさまで ガキ大将的な社長が
今まで生きられたのだと思います
「いつでも戻れるなら 何歳に戻りますか」
「戻りたくない 今が一番いいです」とこたえます
戻りたくないですよ 大変なことをやっと乗り越えたのに もう一回戻って
あの時の生活と プレッシャーになんて戻りたくない!
2024年
12月
04日
水
履歴書 9 うちの従業員さん

うちの従業員さんは高学歴、とてもエリート という方はいません。社長の僕が経理専門学校中退 そんな会社に高学歴の人が入ってくるはずがない。
でも、高校中退でもブックオフでは活躍できて全国でトップクラスの店長になれるんだ。というのを示したくて厳しい指導もしましたが。そんな店長が何人も出てきています。
一人は、エリアマネージャーとしてとても輝いて全国でも一目置かれる人間になった。頭がいいのですが、人付き合いがあまり得意じゃなくて。表現が苦手で人を信じられなかった。
僕の元でガンガン教え込んで、半分潰れて小さな店に移動した、もうダメかなぁと思ったらそこで今まで習ったことを活かしたらスタッフさんがとてもよろこんでくれた。なーんだこれでいいんだ という気づきから当社の大黒柱になりました。
もう一人は10万円と100万円の面接の社員さんで、最初は「俺はなんでもできるんだ」みたいな態度だったので反発を受け 悪気はないのですがイケイケである時にネット販売の部門で失敗をして。結構大きな問題になりその後始末を他の社員さんみんなで協力して後始末をした。
罰金が会社と本人にもかかったのですが、僕が会議の中でお金を他の社員さんに渡して「君たちは、若い社員一人に責任を全部負わせるのか あとはみんなで相談して」みんなでカンパソてそこを乗り越えました その後 彼は素晴らしい活躍を今も続けています。
その後僕にお金を返してきましたが、うけとれるはずがないでしょ! 親が子供に尽くしてなぜ返してもらえるはずがあるの うーっ かっこつけましたがうけとれないでしょ!
要するに 信じ合える仲間であるかどうかだと思います。フィロソフィーの中にもあるのですが「仲間のために尽くす」というのもあるように、自分が一生懸命仕事に打ち込んでみんなのために尽くせば。きっといい結果も出るし、他の社員さんは裏切らない。というのがわかった途端に信じられない力を発揮するものと思います。
何年か前までは(コロナの前くらい)毎月会議をしてみんな集めた問題を解決してそのあと飲み会をしていました。そのために僕の自宅の今は大きく作ってあります。最近はあまりしなくなりましたが、その社員さんたちが全道を走り回って仲間の店のために尽力しています。
僕の思いは「お父ちゃんがいて、兄弟がいて みんな家族のような関係」を心がけて会社を運営してきました。
そうそう 何年か前に考えたのですが「この世に生まれてきてやらなくてはいけない使命」
僕の場合は 昔室蘭で繁栄していた「もがみや」という屋号の会社をもう一度反映させること。
先祖が(おじいさんがやっていた北海道道南で一番大きかった最上谷書店すら見たことありませんが)頑張って作り上げてた「最上谷」という屋号を大切にしたい
僕の代ではなんとかできたので、喜んでくれていると思います。
おかげさまで良い人生を送っております そして佐賀に来てたくさんの方の出会いと
おかげさまが重なって とっても楽しい毎日を送っております。
人間 どこに行っても生活できます 変な縛りを自分に作っちゃいけない
もしいっぱいしてらまた違うところでしっかり積み上げれば、みんな「おかげさまで」幸せになれる
2024年
12月
02日
月
履歴書 8

考えても考えてもしょうがない 銀行に頼もう
一番近くにあった銀行に電話かけて支店長に「相談があるのですが」「すぐ行きます」ということで
「お金を借りたい」「いくら」2000万円」「いつまで」「今月中」「はい わかりました」
制限をかけて悩んでいたのは私一人ということです
なんとかなるものを こうじゃなくてはいけない こうなったらどうしよう もう無理 なんて制限をかけていたのです
人間は無限の可能性がある でも どこかである程度の制限をかけていないと破産、なんていうこともあり得る
ステージが上がっていたのに、自分でそこを気づけなかったのだと思います。
無論 そのたくさんの借金を返すのは大変でしたが
そのすぐ後に 社債 というお話をいただいて
3000万 から始まり 多分15年間くらいお世話になって、計画していた 自己資金を潤沢にする という目標がなんとか達成しかけた時に
今年の話ですが 社債 から卒業いたしました 今社債を始めると 5年後は69歳
そんな弱っていく社長がいる会社は魅力がないので ここで卒業
私は50で引退 妻(その時のね)と二人でハワイ暮らし なんていう夢を抱いておりました。
ハワイ島に何度か家を見に行ったことがあります。
そんな夢も1回目の離婚で頓挫して
男ってイケイケの四十代 いい気になってなんでも自分の思い通りになると思ってしまう。
そこが間違いで それにはたくさんの犠牲の上でできていることに気づかない。
何度 トイレに入って座った時に 「ハァ〜 何やってるんだろう俺は」と言ったことがあります
どんな人でも どんな社長でも ビジネスとプライベートがあって
プライベートがずるい行動取ってると、ビジネスに染み出して絶対失敗する
プライベートもビジネスも、正直に生きないといけない
画像は ポルシェに乗ってみたくて、中古車で手前の911 の996(通称涙目)のポルシェを
中古で買って(不人気車種だったのでとても安かった)色々直して乗っていたけれど
やっぱりどこか不満が募って売ってしまった
でももう一回乗りたくなって、何年後かに買い戻したのですが(乗ると面白いんですよ)
マカンの中古車に乗りたくなって 今度は本当にさよならした。
マカンはとてもいい車で、乗り換えたくても次の車が見つからない
ちょっと贅沢だけど、何年も大事に乗ってあげると元は取れる。そして安全
社長がボロボロの車乗って、事故起こして動けなくなるのは問題
2024年
12月
01日
日
履歴書 7 どんどん出店

10万円取る理由は
相手に90万円の損をさせるのが嫌 それくらいのハンデは将来何倍にでもして得られる人間になる。
自分が得をしたという、後ろめたさを持ちたくない。
今になって そういう「武士はくわねど・・」みたいな心持ちで仕事していたから良かった気がします。
この時期どんどん出店して行きました。苫小牧 恵庭 旭川3店(ドミナントにしないと他者が入ってくるから)札幌 千歳 苫小牧2件目
毎回決起会というのを開いていて、スタッフ、社員、本部のスタッフ、来客者を招いて 飲んで食事をして
明日からの抱負をスタッフさん 社員 最後に店長に語ってもらいます みんなボロボロ泣きます
この泣くことがとてもいい刺激で「心揺さぶられ」「みんなの心からの声を聞き」新しいものがガンガン心に入ってくる。ブックオフマジックです
開店時の朝礼のスピーチにもなんとなくルールがあって、「スタッフのTさんは、いつも笑顔で辛い時もみんなに声をかけて・・・・今日からもみんなに勇気づける笑顔で仕事をしてください・・・」みたいなスタッフの名前と、褒め言葉を入れて話す また涙ボロボロ
最近はなかなかなくなりましたが、こういう儀式の中でみんながブックオフマン ブックオフウーマンになってゆく気がします。これも坂本社長が仕掛けた戦略だと思います
店舗の数はどんどん増えて行きますが、会社の借金、リースなどがどんどん増えて行きます。
僕の考えでは「2億までの借金はしない」借入金が1億を超えたときに「やべ しんどい」と思いました。2億はちょっと厳しすぎと思いましたがギリギリ2億以下で抑えていた気がします。
そんな時 札幌山鼻店の出店の話が舞い込んできて 色々あって札幌に入りたいと思っていたのですが、物件の情報が入るたびにうまくいかない。今度は絶対に死守するぞ〜と取り掛かり
本部の出店予定だった物件場バッティングすることがわかり、なかばあきらめていたら
本部が「最上谷さんだから」と譲っていただけた。ありがたい
でもこれからが大変 出店準備中に買い取りが多くてお金がショート 各店の店長が「札幌だ〜」と浮かれて自店をほったらかしにして札幌店の開店準備に入る 売り上げが前年80% 入金が半分になる
まずい すぐ札幌に入り各店長を自店に帰らせて、売り上げを回復させて
でもお金が足りない この店の出店で借り入れをしている 1億以上の借金の残がある・・・
リースも、2000万円くらい始めたばかり・・・
もう借入ができない どうしよう どうしよう 3日間寝れませんでした。
「もうこれでこの会社も終わりだ」「本部に泣きついて会社を買ってもらおうか」 「自分のお金出したくても、2回目の結婚で出費が多く全くない」 どうしようどうしよう・・・
やっぱ俺の選択は間違っていたのか、運に見放されたのか、どうする どうする
やばい この地球上からきえて 宇宙に行きたい・・・・
う〜 しょうがない借金を銀行に頼むか でも会社の借入多すぎるし・・・・
やばい潰れる〜
2024年
11月
30日
土
履歴書6 フィロソフィー手帳

当社にはもがみやフィッツカンパニーフィロソフィー手帳というものがあります。
盛和塾時代稲盛さんが、自分の会社のフィロソフィー手帳を作りなさいと言っていただけてたので。京セラフィロソフィー手帳の製造部分を販売に変えて社名を当社に変えて原稿を全て打ち込んで、盛和塾の例会時に稲盛さんにお渡しして「OK」をいただいて製本しました。
今も朝礼で読み合わせを全店でしております。
これによって社員さんはもとより、社長の僕も変に生きてはいけないといつも見につまされます。
例えば
第一章 経営の心 1 心をベースとして経営する
もがみやフィッツカンパニーは資金もなく・・・・会社の発展のため一人一人が精一杯努力をする、経営者もみんなの信頼に応える、働くみんなのそのような心を信じ私利私欲のためでない・・・
このような文章が78項目あります お堅く厳しいですが、稲盛さんが作成していただいたものを当社で使えるなんて、夢のような話ではないでしょうか?
おかげさまで今も会社は健全に運営できている気が致します。盛和塾でこういう手帳を作った塾生はあまり数はいないと思います。でも僕は「良いものは真似して」の精神なので手帳をはじめ、経営計画書、社員さんとの全員参加のコンパなどなど 良いことで取り入れるものは全て取り入れています。
親から受け継いだ財産はなにもなく、運が悪かったら潰れてしまうような当社のような会社はどんどん変化してゆかないと生きてはいけない。
こういう話がありました
「社長は先週言ったことと、今週行ったことが違う おかしい」と社員さんに言われたことがあります。
まだまだなにもできてなく、経営者としてはダメダメな時に言われたのですが
「どうして? だって変わらなくてはいけないでしょ」と言ったら、「え〜っ」って言われて
最終的にはその社員さんはうちの会社を去ってゆきましたが、僕の経営能力が低かったのですまないことをしたと思っております。
でも毎日のように進化発展して行かないと、取り残されるし いつもトップランナー中の2番目くらいを目指して突き進んでおります。
10万と100万の話
同じ仕事をして同じ時間 同じ結果を出して給料は100万か10万円 どちらか 分けてはいけません。
あなたはどちらを取りますか?
今一番伸びてて結果を出している社員さんが入社の時 面接時にした質問です
彼の答えは「100万円」「どうして」「だって同じ仕事して結果が同じだったら多い方がいいでしょ」
「へ〜 もう一人の方は10万円しかもらえないのは可哀想じゃないの」
「・・・・・」
私は、間違いなく10万円を取ります
2024年
11月
29日
金
履歴書 5 もぬけの殻になった店

隣のCDとレンタル屋さんが抜けた後 業者が来て棚や、残ったレンタルビデオ機材を買い取って行った。そのがらんと空いた店を見て
「もうこんな手がかかってでかい店、やりたくない」と呟いたら その時担当だった本部のHさんが「社長がやらなかったら、どうするんですか」と言われやっと決心をして動き出した。
近くにあった子供服のB-KIDSをペナルティを払ってこちらの店に移転 ブックオフを大幅に広げて、大改修をした。
都会だったらこんな大きな店はすごく売り上げが上がるけれど田舎のどでかい店はとかく経費がかかる 暖房は電気代がバカみたいに高い(後日手を入れるが)
ともかく、資金繰りは大変だった。最近になってお金が銀行に残るようになってきたけれど。借金まみれではじめた会社は、みんなの給料のお金が足りなくなることがしょっちゅうで、よく僕がお金を貸していた。
これも不足額が僕の年収の2倍くらいになるともう大変で、僕のお金じゃ無理なので各店に在庫の管理と適正化はいつも口を酸っぱくして伝えてる。
今では毎週在庫金額の増減をみんなで共有している。
仕事ばかりしていたのではなく、適当に遊んで しっかり仕事をする。
仕事は仕組みを考えて、効率の良い仕事の仕方を考えて行なって、人に伝えれるくらいにして次の人に譲る。 同じ仕事をずっとやらないようにしています。
今では、給料も雇用保険関係 各店の経理処理 など全て社員さんの奥様に渡して、僕は銀行の支払いと細かい出納帳くらいで 事務員さんは実質置いておりません。 これくらいの売り上げならできると思います。
この頃から盛和塾に入りたいと思っていたのですが、なかなか坂本社長は僕を推薦していただけません。
盛和塾は会員からの推薦がないと入れません。周りのオーナーはずいぶん入っているのに・・・・
よ〜し 推薦されるまで頑張って事業を進めるぞ〜 と思い
余計なことは言わないで、坂本社長から声をかけていただくまでひたすら待ちました。
多分1年くらいしたら声をかけていただいて 東京銀座の支部に入会
毎月勉強会があるたびに通いました お知り合いもできて とてもいい経験をしたしました。
全国塾長例会はもとよりロサンゼルス ニューヨークなどの勉強会も塾長について回りました。
めちゃくちゃ勉強になったし、今でもお付き合いしているお友達もできました。
その時に作ったのが今でも大切に読み合わせている フィロソフィー手帳です。
2024年
11月
28日
木
履歴書4 ブクオフ1

その時が来たのです
隣のCD屋さんが借金が返せなくなって、問屋さんからの納品が止まった。ともかく倒産です。
この時坂本社長と宮古島に新店オープンで一緒に行っていた。
すぐ坂本社長に相談して、当時ブックオフのナンバー2だったkさんが動いてくれると約束してくれた。本部の計らいで店舗にあるCDなどの商品は本部が買い取ってくれた。
残った1億を超える借金はどうなるか?kさんが相手の問屋さんまで出向いてくれて 最終的には僕が個人的に 月収プラスくらいのお金を支払うと言う確約書を作成してくれて収めてくれた。
僕の一生を台無しにするリスクからこの時解放されて、本部 kさんはじめ社長皆様に本当にお世話になった。 kさんは「最上谷さんは北海道出身の若手で、頑張っているので応援したい」言っていただき、本当に危機を救っていただいた。
ちなみに倒産したCD屋さんは僕に一言「よかったね なんとかなって」なに〜 不甲斐ない いい気になってるお前のせいで一生を台無しにされるところだったんだぞ〜 謝るくらいできないのか?
と 心で思って相手にしなかった。
そう言う人はあと始末しないで一生を生きているので、そんなやつに構っている暇はない
僕は目指すものが違う 乗り越えたならもうなにも言わず次を目指す。
(画像は30歳の時に銀行から120万借金して買って、22年くらい乗ったヨット この船よく走って、地元の草レースでは結構優勝していた 乗ってくれた仲間がすごいんですがね)
運というものは 結構あるんですよ! 運を良くするには、いつも笑顔で 道歩いている時に気づいたゴミは拾う 周りの人には優しく 正直に生きる嘘は言わない 愚痴、悪口は言わない(言うなら直接)
僕はその運を落とさないように、僕の運が落ちたら店、会社が危なくなるので いつも気をつけています。
長くリサイクル業をやっていると不正 と言う問題がたまに起こります。
なぜか僕は数字を見ているとわかるので、そう言う店舗には他の社員さんに探りを入れさせます
ある程度証拠を掴んだら、直接本人に伝えます かっちり弁済してもらいます。
不正は僕らの目が行き届かないと、コミュニケーションをとっていないと起こるものです。
本部や他の会社でもあって大きな問題になりましたが やっぱり人は仲間意識が薄れたり、見られていないと思ったとたん、魔が差すものです。ともかく声掛けだと思います。
僕は2回離婚しているのですが ともかく男ってものはいい気になってしまうもので、そんないい気になった人間がやらかす大きな間違いです 本当に迷惑をかけてすいません
40歳の時はイケイケで「僕なら変えれる」と思った勘違いが大きかった。今起こっている現象は、自分の姿生き方が現象として出ているので、相手が悪くも良くもない。ともかく鏡なのですよね そんなことたくさん本で読んでるのにここ最近 64歳にもなってやっとわかったと言う始末です。
成功はちょっとの努力の積み重ねでもたらされて失敗はその隙を狙って襲ってくる。
最後は考え方なのです そこに稲森さんや坂本社長に教わった経営、生き方が大きく関わってくれました。 何回か書いたのですが当社のフィロソフィー手帳にとってもお世話になっています。
2024年
11月
19日
火
履歴書 ③ さらば新刊本屋

「 私 〇〇高校の校長ですが折いってお話があるのですが」「あ はい」
要するにもう退職になるので穏便に済ましてほしい。という話 「わかりました それでは条件があります 僕を詐欺師だと言った教師に謝罪を求めます。 そして僕は今年いっぱいで教科書の取り扱いをやめて新刊本屋を閉めます」
そこへ飛んできたのが教科書の扱っている取次「お兄さん どうして? この権利だけで食っていけるでしょ」 「いや 将来考えたら手間ばかりかかって利益は出ないと思う」 「いや〜 曾祖父さんから引き継いできているものをもったいない・・・」
もう嫌だったのです、色々な制限の中で昔ながらの風習で続く商売が 窮屈で窮屈で 教科書って1割しか利益がない、売れるガイドはその教科書の会社に旨みがある書店じゃないと出してくれない。欲しい書籍は入ってこない そりゃアマゾンに負けますよ。
かと言ってブックオフで順調にいってるわけではなかったけれど、ここは将来のために一極集中でブックオフに舵を取った時期でした。
そんな跳ねっ返りがブックオフの中でも結構やらかして、坂本社長に可愛がっていただくのですがいい気になりすぎてちょっと言い過ぎると「あんたの会社は潰してやる!」と大目玉を食う(画像は、各店ボーナス配りで旭川に走っている最中 ボーナスは手渡しと先輩に聞いたので実践していた)
いつも怒られるので先輩に聞きました。「なぜいけないことをやっている方に行けないと言ってはいけないのか」「そーやなぁ〜 いけないけれど大人はそこは見て見ぬ振りをするのかなぁ〜」「そんなのおかしいでしょ」「だよなぁ〜 」 今思えば身の程知らずな意見なのですが、若いということはそういうことは感じないのです。 ちょこっとブックオフで成功の方向に行っているからいい気になっていたんですよね。
登別のブックオフは新刊本屋の時の町内会のこの近辺で一番売っているCD屋さんと組んで建物を建ててもらって出店した。このCD屋さんが出店時は猫撫で声で「一緒にやって儲けようね えへへへ」なんて言っていたのですが 売り上げがなかなかうまく上がらなくなってきたら
「お金が足りなくなったから、借りまししたいから保証人になってくれ」と言い出し
オープン時からの身勝手な行動とずるい考え方があまりにもひどくて、「ちょっと違いませんか」と意見を言うと「お前は生意気なんだよ・・・ 黙ってゆうことを聞け」と言われるします
借金の増額時に粘られて粘られて「もう威圧的に出ないこと」と言う確約をして印鑑を押した途端「てめーは生意気なんだよ 黙ってゆうこと聞いてればいいものを・・・」まるで・・・
僕の会社が潰れる時は、この会社が行き詰まった時だろうとずっと不安要素を持っていた。
なんせギリギリで走っているから、こう言うイレギュラーなことはあるもの
その時が来た 「CD屋さんが閉まってます」 大家さんから「最上谷くん知ってるか? CD屋さん営業できなくなったらしい どうする?」 来る時が来た 僕は覚悟を決めました
「やられた〜」
2024年
11月
18日
月
履歴書 2 新刊本屋の憂鬱

新刊本屋をやっていていつも疑問が多くあった。
なぜ立ち読みされてボロボロになった本を定価で売らなくてはいけないのか? 古くなって埃かぶった本を定価で売らなくてはいけないのか。
注文した本が1ヶ月も掛かってくるのか?
学校で教材を教師が売って利益を出しているが、教育委員会は見て見ぬ振りをするのか?
そんな中ブックオフという商売を知って、どうしても話を聞きに行きたくてやっと旅費を工面して横浜の坂本社長に会いに行きました。
「私、新刊本屋で新しいブックオフビジネスをやってみたい、ぜひ加盟させてください」「うちは、新刊本屋は加盟させてないんですよね」「いえいえ、私はファミコンリサイクルもやっていて変な本屋ですから大丈夫」「そうですか〜・・・」てなわけで当時坂本社長が乗っていたシーマで町田のブックオフとファミコンのリサイクルをやっている店に見学に行く。
「ここのフェミコンの売上は○○円ですよね」「いいですね〜 面白いそれじゃもう一件」
なんとなく気に入っていただいて加盟の方向に動き出した。その途端母親は泣いて「このままでいいでしょ、教科書売ってたら大丈夫じゃないの」
新刊本屋の取次は「ブックオフに入るなら新刊本屋やめさせるぞ 返品商品に中古を入れるなよ・・・」
そんなこと言われても将来を考えてごらん 新刊本屋では食べれなくなるよ
(その時の不安は今となって間違いではなかったことに気づく)
それにしてもお金の不安があった ブックオフ加盟金、商品代、什器、入居する物件の敷金・・・
32歳の当時、銀行に目一杯借りて国民金融機関に借入(親戚に500万円の保証人を頼んだら断れて)最後の最後は入居する物件オーナーに敷金を分割にしてもらいやっとオープンの準備が整った。
当時3000万円くらいの借り入れだった気がする。経営計画書も稚拙で、ワープロで入力した覚えがある。なんとかオープンさせたブックオフ1号店 当時は北海道で一番大きなブックオフで、午前10時オープン 夜中の12時に閉店 準備からオープン後1カ月新刊本屋とブックオフを掛け持ちして、体力の限界を感じて倒れてしまった。 それからはブックオフの社員さんにたくさん仕事を振って、順調に進み出したらまた「資金が足りない」「ブックオフの売り上げもなかなか伸びない」また仕事にハマり出した。当時は出店ラッシュで、商品を売るノウハウは本部にあまりなかった。
ともかく各店が独自に工夫して売り上げを上げていたような気がする。
それでもファミコンリサイクル事業はソニーのプレステーションが出たり、スーパーファミコンが出たり、あっという間に1000万円の売り上げが上がるようになった。ブックオフが苦戦している中ファミコンで食い繋いだっていう仕組みでした。
そうこうしている間に、学校の教科書販売時の注文書でいつも学校で売る商品がうちに注文されてきたのでそのまま注文書をあげた。そうして生徒に配る教科書一覧表の作成になって「この商品はここに記入でいいですか」と担当の先生に確認しにいったら「私は注文していない」と言われたので「注文はこの通り記入されていますが」と見せたときに「詐欺だ!」と言われ
長年積もり積もった不満が爆発「詐欺ってどっち? 誰に言ってるの? 出るとこ出てやる、覚悟しておきなさいよ」 と言ったて店に帰ってきた途端、校長から電話 「お話があるのですが」
2024年
11月
14日
木
履歴書 1 新刊本屋編

私は1960年 室蘭東室蘭で新刊本屋のことして生まれた。わがままであまりいい性格ではなかったけれどすくすく育って、高校卒業時 「専門学校でもいけば」と言うおじさんの一言で札幌の経理専門学校へ行った。専門学校も2年になると「この勉強しても僕の役には立たない」と思いそれと色々とあったので室蘭に帰ってきた。
何軒かバイトをして親のやっている新刊本屋が手が足りなくて私が手伝うようになった。
本の配達、集金 学校周り・・・
23歳の頃、両親の新刊屋が独立する話になって(実はうちの店は支店で本店の会長引退で、経営権を買うことになった)それからが大変で、父が借金はバンバンしてくる利益がなかなか出ない、現金預金が少ない。どうにもならなくなって、会計事務所の担当者に呼ばれて「お兄さんがやらなくちゃこの会社なくなるよ」銀行から呼び出しがかかって「経営計画を出してください・・・」
そこから社長業が始まった。25歳くらいかなぁ 最初は全くうまくいかなかった。バイトさん社員さんがいたがその給与までの稼ぎがないので、まず 給与が少なくてここでは働けないと言われた社員さんに辞めてもらい、バイトさんの時間を減らして 朝から閉店までその人たちの分を僕が働いた。
その時思った 「週刊誌の配達だけしてても儲からない よ〜し セールスしよう」 小学館の国語大辞典 9800円 を80冊売った。 当時一冊につき800円くらいが報奨金という形で出版社から出ていた気がする。
この新刊本屋は高校の教科書も扱っていた。そこでたくさん売っている書店に教科書の売り方を教えてもらいに行って、うちでもそれを実践してみる。がなかなか上手くいかない そこを工夫して最終的には 国語、英和、和英、古語、漢和辞典を高校の推薦をいただいて、北海道で一番売った。
売り方は「辞典持ってる?」「中学校の!」「それじゃこの高校は無理だよ、入学までに宿題も出るし学校で推薦している辞典があるから買っていって早めに勉強した方がいいよ。 ついでにガイドも冊数限定であるよ」(使わなかったら持ってきていいから)このトークで北海道一番です。
ちなみに返品してくる生徒さんは何年かに数名 その時は快く返品させていただきました。
跳ねっ返りだったのでよく問屋さんと揉めました。これだけ入金してください 勝手にたくさんいらない本を送ってくるのでこんなに払えません 「なに〜お兄さん覚えてなさいよ・・・」といった支店長は何年か後にはその会社を辞めて書店に拾われましたがいつの間にか消えました。
新刊本屋は儲からないし商品のお金の支払いと、返品などの手間が多すぎて 理不尽だなぁ と思っていた頃 ファミコンのリサイクルの商売を初めて 日曜日も店を開けて休みなしで働くようになりました。
そうしないと生活できなかったのでしょうがない。 その商売も独特の商品展示の仕方で、北海道で一番売る小さな本屋になりました。その展示の仕方が、箱をラッピングしてたくさん展示して(商品は一つしかなくても箱は3個くらい展示する)中身だけで流通してたので、たくさん商品があるように展示した。発売したばかりの商品で「箱ください」と言われると「お客さん、これ新品を箱が欲しいから中古金額で販売してるから ごめんね」と言うと、すごく喜んで帰っていただいてました。
あんなこんなでなんとか商売も軌道に乗って利益も出てくるようになった。
25歳から前年比売り上げ125%を毎年達成していた。
「俺 150円の週間フォーカスを毎週配達して、月末に600円集金に行く。これで60歳過ぎまで生きていけるのだとうか? 」と 新しい商売をなんとなく模索していた。
毎月読んでいた日経トレンディーに載っていた「BOOKOFF」いいじゃん!
2023年ブログ
2023年
12月
23日
土
やばい いつのまにかあぶなかった

僕には関係ない と思っておりました。
癌です!
年末あるきっかけで佐賀で胃カメラと大腸カメラを受けました。
あったんです、ポリープ 結構大きくてそこの病院では取れない大きさの腫瘍といっていいくらいのものが
早速大きな病院に紹介していただいて、また大腸カメラ・・・ その前の下剤もだんだん慣れてきて
グビグビ飲んで腸が綺麗に!
そして手術の日が決まって、6日間の入院
無事腫瘍部分がきれいに除去できて、先生方には感謝
病室は、個室を頼んでちょっとしたホテルのようで絶食しながら3日間を過ごし。ずっと点滴(痩せるか?)と思ったのですが現状維持
その腫瘍部分が結構大きくて(直径約3センチ)そこから組織検査がかかり、2週間後
そしきのなかの2/3が、癌化している
やっぱやばい と思いながら
造影剤を駐車しての、MRI検査室へ
2023年
11月
28日
火
運命ってどう思う?

運命ってどう思う?
若い頃に考えても見なかった運命
稲盛さんの「君の願いは必ず実現する」を昔読んで
そうなんだ と思っていた。
今、僕は佐賀で毎日夢のように楽しく過ごしている
今は毎日思っています 「稲盛さんに会えて良かった」「坂本社長に会えて良かった」「ありがたい 幸せだ」と
それには、まずはぜったいに素直でなくてはいけない。
誰にでも素直ではいけないなんて言わない。
実績を上げた尊敬できる人に素直でなくてはいけない。と思う。
タバコ一本吸う時でも(ちなみに僕はタバコは辞めてる)、ビールをぐいっと飲む時でも
いつでも将来の夢や、未来の自分の姿を想像している。
ビールを飲んだ時に「あ〜美味しい」と思う気持ち
それをずっと続けていればいいと思う。
勿体無いのはそこから愚痴や、悪口を言うこと
そこを将来の夢を心に描いて、ニコニコして飲むことが大事だと思う。
2023年
1月
25日
水
こういうことは、あまり好きではないけど

今日はあるところでいけない事をやっった時に「ごめんなさい」と言えないといけない事を伝えに行った。昨日は、自分の蒔いたたねは良かれ悪かれ必ずその実はなる事を伝えた。
両方ともとても言いにくい事をずけずけ言わなくてはいけません。こう見えても、そういうことはみんなと一緒のように結構苦手なのです。
僕がブックオフの初代社長に教わったことは、相手を信頼して任せる、細かいことは言わず相手を信頼する、そして°真剣に生きる、相手に対してもど真剣に接する。
稲盛さんに教えて頂いたのは 生き方 「願いは必ずかなう」子供の頃お母さんお父さんに教えてもらった悪い事をしたらごめんなさい、受けた感謝はしっかり「ありがとう」と伝える。神様は見てござる。
いけないことはいけないという勇気、人に言われたこと注意されたことはしっかり自分に問いただす。まだまだ弱い人には勇気がつく事を伝えるやり方を伝える、僕でもできたんだから君もできると伝える。
ダメなことはダメという。素直に改善を受け入れる。余計な事は聞かない、興味本位のことは言わない聞かない。噂話 妬み 悪口は言わない(悪口は直接いう(僕はですが))
結構面倒くさい人間が62歳までやり続けていると、それを認めてくれる人が社外にできる。
そういう若者が、来月の初めにわざわざ北海道まで来るそうです。今月は福岡で新築した大好きな後輩に会って、孫みたいな赤ちゃんと会ってきました。
なんか思うのさ 生かされてるって
2023年
1月
23日
月
僕がやらなくてはいけない使命って

僕の祖先は(そんなに色々知ってるわけではないけれど)室蘭で結構頑張っていた祖先がいた。
北海道議会議員だったり、北海道道南で一番大きな書店だったり、室蘭で林業をやって陣屋の付近に植林もしていたらしい。
それも僕のおじいちゃんの時代に、すべてなくしてしまうのですが・・・・
僕が知るのは父が当時の日通の方と一緒に作った「文教堂」という教科書絵を扱う新刊書店から始まって。僕が22歳位のときにそこから暖簾分けしてもらって・・・から始まる
その後、「文栄堂」「㈲もがみや」「株式会社もがみやフィッツカンパニー」になった。
僕の代でやりたかった、やらなくてはいけなかったことは屋号に「もがみや」という名前を戻して「繁栄させる」ことのような気がしています。
祖先は多分秋田から林業で室蘭に移住して、雑貨屋、本屋 昔々は登別温泉までの硫黄を運ぶ鉄道を作ったらしい(後に栗林さんが引き継いでいるようですが)頑張った祖先の思いをちゃんと活かすことなのかなぁ〜 なんておもっています。
まずまず、そんな祖先のおかげさまもあってなんとかいろいろな瀬戸際を乗り越えてここまで来ました。
僕ができることはちゃんと出来ているのかなぁ。とおもっています
だからって、「もがみや」を残そうなんてあまり思っていない。僕がやらなくてはいけないことをしっかりやるだけ。あとは時代が決めることのような気がします。
それは僕一人の力ではなく、社員さんアルバイトさんのおかげにほかならない。
自分一人で粋がっても一馬力 みんなが同じ方向を見てみんなで動けば100万馬力
僕一人で、僕が作業して働いたところでこんな会社にはならないと思います。
最近つくづく思います「あんまりいろんな才能なくてよかった」「お金もなく借金たくさんで習うことはたくさんあった」「借金返すことに真剣で、素直に改善改革を出来たことに感謝」「坂本社長、稲盛塾長にお会いできて直接教えを頂いたことに感謝」「いい従業員さんに出会えたことに感謝」
2023年
1月
10日
火
2023年 思えば子供の頃

子供の頃からやんちゃで、保育所ではおしっこ漏らすくせにガキ大将で年上のこどもが年下の子供をいじめるのがめちゃっくちゃ許せなくて、よく歳上の子供をなかしていた。「いいか もういじめるなよ・・・」と潰した虫を顔に近づけて・・・。保育所通いはみんなを引き連れて、途中病院の同級生を迎えに行っていつも待たされて、その時お母さんから美味しいおむすびを頂いたのを思い出す。
やんちゃ話はたくさんあって、凍ったドブ川の薄氷にどれだけ割らないで歩けるかを試してドブにハマって、お気に入りのきりんさんのズボンを濡らして泣いて家に帰ったこともあった。
中学校に入っても、いつも職員室に呼ばれて「正座で反省しろ」と言われた座らされてた。いまだかつて怒られた意味があまりわかっていない。生意気だった?先生に対して口答えした?・・・・その時も思っていた「何も悪い子としてるつもりでないのに・・・・」 大丈夫 そんな悪ガキはちゃんと会社を経営できてる。
頭ごなしに言われるのが苦手だったかもしれない。偉くもないのに偉ぶって話してくる人が嫌いだった。
同級生とはあまりうまく付き合えなかった気がする、変なことで相手をいじめたり 仲間はずれにしたり、女の子を意味もなく変な噂を作って嫌ったり。
だから年上の友人が好きで、でもタメ口を聞く癖はその時からあったかもしれない。
2021年ブログ
2021年
12月
15日
水
クリスマスプレゼント

社員さんから、クリスマスプレゼント頂きました。
スターウォーズのフィギュア
どうしてこれ?っていう疑問は置いておいて。ありがとうございます
そりゃ「C3PO」とか「R2B2」とか事務所に飾ったり、もらったりしておりますが
武将シリーズ?
奥様いわく「いい加減にしなさいよ!」
僕の選択じゃない! ありがたく事務所に飾っておきます。
でもありがたい
還暦の時なんて、社員さんからたくさんのプレゼントを頂いたり、スタッフさんからも頂いた。
こんなアットホームな会社を作りたかった
山あり谷あり40年 当社も今期で40期目です
つまりこの会社に40年もいるってことです。
21歳の時、両親と小さな本屋の支店だったのを暖簾分けの形で独立させていただいて。そこから、教科書扱っている新刊本屋、ファミコン屋、ブックオフとさまざまに衣替えしながら40年か〜
2021年
11月
24日
水
良い人に囲まれて

最近すっごく思うことがあります。
「良い人に囲まれている」とてもありがたいと思っています。ワイン会の人は、自分の大事にしていたワインを惜しげもなくニコニコとしながらみんなで飲む。なかなかできないと思うことをみんなサラリとできる素晴らしい人たち。そこに行くまでのタクシーの運転手さんは、僕にハーレーを教えてくれたおじさんでいつも車のメーターが上がらないようにいつも気を使ってくれる。友人と言える人たちはいい人ばかりでいつも、笑顔と暖かさをくれている。
うちの会社の社員さんは、みんな嘘がなくて素直でとても良い家族のような社員さん。
昔は、オレだけはとか、絶対に・・・・とか、僕は頑張っているなんて肩に力が入ってそんなこと考えても居なかった。
だからというわけでもないのですが、最近わんこの散歩している時に、気になった落ちている飲料水の缶とか、ゴミを一日ひとつでも拾ってこようと思っています。これも、Facebookで繋がっている方に教えられた事。「勇気の人差し指」と僕は読んでいる。
いやー ありがたい 人生ってどんどん良くなるもんなんですよね、よくしなくちゃいけないんですよね。
明日から、旭川で会議飲み会、そしてその後に札幌で美味しいイタリアンでワイン持ち込みお食事会。雪が降っているので安全に行って参ります。
ブックオフ恵庭バイパス店が、ブックオフアワードを三年連続受賞いたしました。
ブックオフアワードは、前年売上を超える、お客さま数を超えるなどたくさんの基準をクリアした店が選ばれます。全国の店舗が一回選ばれるのも大変なのに、3回も連続で選ばれるのは凄い事です。
店長の努力ももちろんスタッフさんもとてもしっかりしている。ありがたい事です!
2019年ブログ
2019年
1月
08日
火
新年思ったこと

去年は本部の橋本さんが引退したり、地震があったり、お世話になった盛和塾が今年の年末で終了するニュースを聞いたり、変化がある年だった気がする。
一つの区切りが近づいているのでしょうか
僕はといえば、あんまり変化もなく?いえいえ個人的には大きな変な変化がありましたが・・・・
新年に思ったことは「もっと早く変化しないと。歳かさねちゃうよ」ってこと。
こうなりたい、もっとお金を儲けたい、いい暮らししたい、家持ちたい、いい車に乗りたい、もっともてたい・・・
欲って持っていいと思うんですよね
そのためにどうすればいいの?今の自分だからうまくいかないんでしょ
変化しなくちゃいけないよね! それじゃいつから「今でしょ!」(ちょっと古いけどこの言葉通り)
そうしないとね、なんとなく歳重ねちゃうよ もう2019年だよ
昨日と、去年と、5年前とおんなじこと繰り返してない?
この前始まったと思っていた「平成」終わっちゃうよ!
みるみる家の社員さんも歳重ねてきて、みんないい歳になってる もういいでしょ!
早く変わって、もっともっと輝いてみんなを輝かせる人間になってくださいね
今年結構来てますよ! この雰囲気の中ズバ〜っと跳ねてほしいです!
そうそう僕はワンピースのごとく「おらは永遠のガキ大将になる」って感じかな
2018年のブログ
2018年
10月
22日
月
胆振社員会議

胆振の地域会議がありました。
会議内容は新しい期の計画と各店との連携した動き方の確認。
インターネットを使った、販売計画など
あとは社員さんのオーストラリア旅行の話と、僕の旅行の話。
その後はみんなが泊まりでないことに気づかず、安兵衛さんを予約しての飲み会。
なぜ安兵衛さん
安兵衛の大将は、10年以上前にスノーボードでコース外に飛ばされて、頭を打って一年くらい正常に戻らなかった。
でも、1年くらい経ってから少しづつ正常に戻ってきて今はしっかり?仕事をしている。
周りの人の協力があったにせよ、時間が経てばいつもの自分に戻れる。
社員さんで、この冬に階段から落ちて頭を打ってまだまだ本調子じゃない社員さんがいる。
その人に、元気と希望はちゃんとある、いつもの自分に戻れる
ただ、ちょっとだけ時間が必要だ!ということをわかってほしかった。
2018年
8月
20日
月
眼の前のことを誰にも負けないくらい頑張る

最近中村文昭さんのふみあ菌のユーチューブを見て、その派生でその関連のユーチューブを見た。
そこで聞いた言葉は「眼の前のことを誰にも負けないくらいやる、そうすると次のやらなくてはいけないことが出てくる。それを粛々とやりなさい」
こうやりたい、こう成りたいと思ってもなかなかならない。でも早々ではないけれど、そう思っていると気がつくとなっている。
眼の前のことを誰にも負けないようにこなして、思いは高く、清らかに。そうすると、いつの間にか自分が変わって周りも変わってくる。
そこに、うんと、お金がついてくる。そうした時の運の使い方とお金の使い方の「ためされ」期間が現れる。そこも注意して取り組まないといけない。
2018年
5月
25日
金
ブックオフアワード最優秀店舗頂きました

ブックオフアワード 最優秀店舗賞をいただきました。
いろいろな選考があると思うのですが、ともかくフランチャイズの店舗で日本で一番いい店に選ばれたということです。
これはひとえにそこで働いている店長、社員、スタッフさんのおかげです。
そしてそこに関わっていただいた本部の方の熱意に応えられた結果だと思います。
頑張った店長の結果につながってとても良かったと思います。僕の力は選考委員長の橋本さんに美味しいものを食べさせたくらいです。
受賞した店舗の店長は、まだまだ世間知らずで結構大きな失敗もしてきました。その失敗を返上する!もう会社に迷惑はかけない!アワードを取るぞ〜 とつながってくれたと思います。
受賞の挨拶も載せたいくらい いい挨拶でした。
2018年
4月
09日
月
才能がなくてよかった

今年も橋本さんが当社の店を視察に来ていただけました。アワード「優秀店舗」決定のための視察です。
お店に近いちょっと汚いけれど美味しい店で、みんなで楽しく飲みました。「う~店小さくて古くて最初はどうしようと思ったけれど、美味しいね〜」
橋本さんは今も現場の気持ちを忘れてない、スーパーなおばちゃまでした。
山鼻の店長が紆余曲折あって、アワードに選ばれた。多少の失敗なら良いけれど彼は結構やらかしている。悪いことではなく知らないからやらかしてしまうパターンですが。
「どうしてあなたみたいな社長で(いいたいこと言い合っています)こんなにいい店と、店長が育つの?」「なってもらいたい店長像は決めていて、そこに紆余曲折があっても行ってもらうためにいつも考えて声をかけたり、動いたりしている」「へぇ〜 あんなにちゃらんぽらんな社長がそんなこと言えるようになったんだ〜」「ちゃらんぽらんだったから、なんとかしないとと思って勉強、変化したのさ」
といって最近考えていたことがあるんです。
2018年
3月
19日
月
頭使って考えないと!

2泊3日で東川町、新篠津村に行ってきました。
やっぱり「りしり」は美味しい。
なぜ美味しいかって、なぜ居心地がいいかって
店主が頭使ってて、時間をお惜しまないで改革と改善にいつも取り組んでいる。
頭使って毎回改善してゆかないと、いつも集団の後ろ側にいることになる。そこにいてもいい人は良いけれど、その人に言いたいけどそこで絶対文句も言わず、妬まず、笑顔でいれるなら良いけれど。
そんな人は少ないと思うし、いても僕とは交わらないと思うので・・・
僕は若いうちに憧れていた物を手に入れたいと思って仕事をしてきた。おかげさまでそれはかなっていると思う。
でも今は、そこには執着していない。
お金がほしいとか、良いものがほしい、いい車に乗りたい・・・・今はあんまり魅力を感じない。
2017年のブログ
本部で経営計画と勉強会を実地 その趣旨は

本部がある神奈川県の古淵、会議室を借りて「もがみやフィッツカンパニー 経営計画発表会と勉強会」を開催させていただきました。
趣旨は「僕らは本部の会議室で経営計画会と勉強会をしたんだ」と社員さんに思っていただきたかった。胸を張って僕らはフィロソフィーを勉強してしっかりやってますと思ってもらいたかった。
最初は僕が経営報告と経営計画発表。その後本部の堀内社長からのお話。
当社の佐藤社員の発表と・・・予定になかったのですが「ぜひ?」???「私も喋る」と、本部の橋本さんからのお話
やっぱうまい 橋本さんのお話は心に染みる。
その後僕が、ブックオフをやってから今までとフィロソフィーの勉強会を担当
僕が、ブックオフをやりはじめてもう24年経つ、その中で「経営がやばい」と思ったことから、その時沢山の方に助けていただいた。今思えばそれをうまく乗り越えれた、そのラッキーが起きた背景。
なぜ悪口を言ってはいけないのか、お金の使い方、考え方
偉そうに言っったのですが、全て教えられたこと、本に書いてあったこと。
本部の皆さんも最後まで真剣に聞いていただいて、ありがたかったです。
その後、当社の千葉取締役が締めていただいて。とてもいい会になったと思いました
会議の終った後に、本部の方にみんなで「場所を貸していただいてありがとうございました」とみんなで挨拶をしたときに、なぜかジ〜ンと来てしまったのは僕だけなのでしょうか。
すべて終了したあとで、橋本さんが走り寄ってきて「千葉くん素晴らしいね〜」って言われて
「相手を認めて褒めてくれる」本部の思いをたくさんいただきました。
その後本部の数名を交えて、中華街の美味しい店「吉兆」で大宴会。紹興酒飲みすぎてまた暴れた僕でした・・・・ みんな美味しそうに食べてくれて喜んでくれてとってもいい時間を過ごさせていただきました。
2次会の途中で壊れてしまって、僕は早々に帰ってきました。
次の日雨のなか、社員さんは横浜元町に泊まったにも関わらず、浅草行ったり、銀座行ったり、ディズニー・シーまで行った社員さんグループもいた。
これをきっかけに、年末年始に向けて走り続けてほしいと思いました。
僕らは何のためにブックオフをやっているのか?商売をやっているのか?
もがみやフィッツカンパニーという会社に携わっているのか?
2017年
11月
17日
金
社長はなにをするのか

僕は昔から社長はなにをするのか?を沢山の方から教わってきた。僕の行っている社長像はその教わったことをなぞっている。
極端に言うと、他に社長像はないと思う
パソコン相手だとしても、最後に商品を手に入れるのは人、働いてパソコンを操作しても、最終的には人が動いている。
だから僕は社長として人の思いを大切にしている。「自分だったら」こうしてもらったら嬉しい、こうされると嫌だ、褒めてもらいたい、教えて欲しい。
些少のことは大目に見て社長としての度量でカバーする。
よく「甘い」と言われる判断もする。出来ないときは別として、できるだけ相手が得するように考える。
ウィンウィン でなく WinあとからWin でいいと思ってる。
2017年
10月
12日
木
人生の損得と金銭の損得

人生の損得と金銭の損得
考えさせられる時が来ました。
こういう機会を頂いたことはありがたいが、やっぱりいろんなことでちょっと残念に思っている。
ちょっと考えてみた
死に直面した瞬間
「目の前に一億、それとも死なないことを選ぶか」と聞かれたらどちらを選びますか?
死なない方を選ぶでしょ!
それじゃ今生きている中で、人に迷惑をかける事と自分のお金が減らないこと。どっちを選ぶと言ったらとたんに難しくなる。 その気持はよく分かるけど、長いスパンで考えると
どっちが得なんでしょうかね?
商売を通して沢山の人に出会ってきて、悩んだときに読んだ本で習って、そこは利他を選ぶようにしている。
毎月会社で、個人で、そしてみんなのボーナスから何処かに寄付をさせていただいているのも。
社会のためになっている会社、人間でいられるようにしたい。
じゃないと、僕の後ろにいる人達が苦労しそうでとても嫌だから。
2017年
7月
24日
月
やるの?やらないの?どっち?

昨日、お天気が良かったのでオロフレ峠通って、洞爺湖まで行ってきました。
「ハンバーガーが食べたい」ということで洞爺湖畔のハイドゥンへ行くことに・・・「gla-gla fesに行ってます。」
という張り紙で、「gla-gla fes」へ
月浦の八幡神社へGo お祭をやっている。
gla-gla fesへ 中心になってやってるのがGla-Glaの代表 高臣大介くん みんなに「ダイちゃん ダイちゃん」と言われている。
みんなに慕われている。
すごいね〜 すっごく昔の彼を知ってるけれどすっごくいろんなことを身に着けてかっこよくなっってるね〜
たくさんのことを経験して、今になってるんだろうね〜 かっこいい
そして稼げてるってのが、超かっこいい!
2017年
7月
13日
木
大バーベキュー大会 社員18名なのになぜ20名?

どこかの最近有給休暇を取っている社員が、「ヨットに乗りたい」と言うリクエストにお答えして。
当社の社員2名九州の方の社員1名それと僕で4時間位のんびりヨットに乗ってきました。
白鳥大橋の下まで行って興奮、地球岬まで行って興奮、舳先に立ってタイタニックみたいなことやったり、最近にない30度の気温の中大満喫 したようです。
その後は、僕の自宅車庫での大バーベキュー大会
焼き鳥、手羽先、馬場ホルモン、Tボーンステーキ、ぐるぐるウインナー、手作りジンジャーエール・・・・・そして、炭酸が注入された氷!
この氷がとてもヒットだと思ったのですが、イマイチの対応にちょっとショック・・・せっかく熊本から取り寄せて1キロも買ったのに・・・・
2017年
4月
13日
木
ブックオフ全国オーナー会 BOOKOFFアワード受賞

ブックオフ全国オーナー会に行ってきました。3日前に社長交代が発表されたばかり。
体制が変わって、新しい方向に進む雰囲気
今回から始まった全国の優秀店を選ぶ「ブックオフアワード」の最優秀店長の発表がありました。
おかげさまで全国のベスト4に選ばれて、壇上で千葉店長がコメントさせていただきました。
店長とスタッフさんがコミニュケーションが取れていて、売り上げもしっかり取れている店。ブックオフが目指す店?って感じの評価
最優秀店舗には残念ながら選ばれませんでしたが、次回は最優秀店を狙う目標が出来ていい時間を過ごさせていただきました。
千葉店長には僕から温泉宿泊券(銀行の総会で当たった物)それと次の日「原宿」でプレゼントを買ってあげました。来年は「◯◯君が取ってもらいたいですね」と話してました。
2017年
2月
09日
木
東川町でご褒美の会

1月の結果を見て!と言う条件で、みんなが1月に結果を出した結果。みんなで東川町の「りしり」で宴会。宿泊はコテージで!
行ってきました!みんな頑張った結果です。
「居酒屋りしり」はやっぱり美味しかった。みんな感動して「また来ます」って言っていた。
東川町の水準が高いのはどこから来ているんだろう?町の考え方と居心地とかが良いのでしょうか?
みんなにそこを見てほしかった。
そうしたら「店」の単位で考えると、居心地が良くてみんながレベルを高く保つためにはなにが必要なの。
2017年
1月
23日
月
相手に礼を尽くす

先日、頂いたワインを開けてみた。
こんなこと書いたら「なに〜 お下品」って言われそう。
「いくらするんだろうって調べてみた」(普通するでしょ? ありがたいな〜って)
見てびっくり 1300円????
これって、相手に渡すワインなのかな〜
ほんとうに僕のことを思ってくれたのかな〜
とっても残念でした。
頂いたことはとてもありがたい、でもそこに責任を持たないと相手に失礼だと思う。
ましてけっこうな対価を払っている相手だったのでちょっとがっかり。それなら頂かないほうがいい。
相手に与えるときに、お礼としての心もこもったないといけないと思う。
僕はそこに「サプライズ感」だったり「スピード」も付け加えるようにしている。
そこが人としての信用とか、見え方につながってくるようなきがする。
2016年のブログ
2016年
12月
17日
土
橋本取締相談役 来蘭

むかしからお世話になっている、ブックオフコーポレーション取締相談役 橋本真由美さんが登別にいらっしゃいました。
僕てきには、ずーっと昔からなにかあったら助けてくれてる「本部の橋本のおばちゃん」
今回は当社の登別店の現状を苦慮していただいて。アパレルの店長のSくんもずっとかわいがっていただいているので。
「私が行ってなんとかする」と言う意気込みで忙しい12月のわざわざ来ていただきました。
人が誰かのために動くってすごく力強いもの。そしてその動いてくれたことに結果でお返しするもの。 ただ接待して「きていただいてありがとうございます」なんて言ってもちっとも伝わらない。
まして橋本さんくらいになると「そんなのいいわよ、店に入るわよ〜」なんか言い出しそう。
店長に対してのありがたいお言葉を頂いて、そのとばっちりで僕に「あんたはね〜、彼女が出来たら報告する義務があるのよ! みんな知っていて、私とか高知のおばちゃまとかに報告してないじゃない・・・・」
いや〜ほんとうに頭が上がりません。
2016年
12月
06日
火
時代が変わっても大事なものがある

いろいろなことがあって目まぐるしく毎日が過ぎていく今日このごろ。
いろんなことが起きてそこの判断で迷うことがあるが、自分のためでなく「みんなが幸せになる解決方法」を考えて答えを出してる。
悩んで辛くなる、自分の手には負えなくて困る、みんなのことを考えているのにうまくいかない、不安ばかりが出てきて判断できない・・・
問題はみんな山積みに持っている。僕も若い頃はいつもそんなことに追われていた。でも最近は知らないうちに解決してるし、そういうことが起きない。
若い頃は問題があっても、そこにかまっている暇がなくて突っ走っていた。後で大変な問題になって襲い掛かってくるのですが、そんなことかまってはいられなかった。
さて、今起きている問題の根本にはなにがあるのかな?
「自分を守る、よく思われたい、カッコつけたい」
そんなことなんですよね。
自分を守らないで周りのみんなのおかげ、みんなのために
なんて思って生活していると「いいことがチョッとづつだけれど起きてくる」
2016年
11月
27日
日
昨日TVで見たのですがね

昨日、TVを観てて「違うよそんなの〜」と思った
ちょっと酔ってたので詳細は忘れたけれど
「他人を羨むのは、自分が一生懸命やってないからなんだ」という、誰かの名言を信じて成功した・・みたいな番組だった。
え〜 もうそういう時代じゃないし、もっと違う方法、考え方あるんじゃない。時代遅れじゃない!
今はね、頑張ってもなかなか結果が出ない人はたくさんいる。その人達を否定しているような気がする。
気持ちを鼓舞しても、結果が出ないのが続くと気持ちは折れるし、人をうらやむかもしれない。
そこはね「考え方」のような気がする。
ちょっとだけ方法、考え方が違うだけなのよ。
同じ努力したら結果は同じように出たいよね。でもなかなか一緒にはならない。それってただ考え方のような気がする。努力は一緒にしたでしょ!
2016年
11月
15日
火
社員研修旅行

社員研修旅行に名古屋に行ってきました。
「なぜ名古屋?』むかしお世話になった本部の支店長がいるから、伊勢神宮に行ってみたかったから。
今回は旅行の手配を僕がしないで全て社員さんに手配してもらいました。これも成長です
まずは本部のお店の見学。稲永にあるブックオフスーパーバザー。その後社員さんはもう1件を見学。
その後みんなで(社員の奥様も3名出席)で手羽先やさんで一次会、2次会は何故かポールダンスがみられるアイリッシュバーへ。
ここでダンサーにチップ私の研修??その後は皆バラバラに自由行動。
次の日は伊勢神宮へ大移動! あれ?一人足りない! 前の日飲みすぎてダウンの社員さんが若干一名!
一名はホテルでお休みで14名で伊勢神宮へ! 外宮をみて、その後遷宮記念館で知らなかったことをたくさん見て疑問が。「御神体ってどんなもの」そこの職員さんに聞いた「僕らもわからない、そこは特定の人間しか知らないので疑問に思わないようにしている。物体なのか、物体ではないのか?そこもわからない」へ〜 そうだったんだ!
その後、内宮へ移動して おかげ横丁でお茶と赤福食べて、昼食後みんなで内宮を参拝!
2016年
10月
24日
月
BOOKOFFオーナー会in札幌

BOOKOFFオーナー会が札幌で開催されました。
前日が、アパレルの会で2日間札幌でした。
1日目はとても暖かく「北海道は温かいですね〜』と九州のオーナーさんが言ってました。
が、BOOKOFFオーナー会のときには途中外の雨が雪に変わってきた。雪と言ってもみぞれみたいだったから「大丈夫、明日のゴルフまでは溶けますって」と言ってたのですが・・・
あくる日のゴルフは雪でコースクローズになって中止になりました。「誰だ雪を降らしたのは」そうです皆様の歓迎のために『今日は雪を降らせました、明日は風を吹かせましょう』って挨拶しておきました。
会議の内容はとても濃くて、明日につながるブックオフ的な内容でした。早く始動してもらいたいです。
そんで会議の中でたくさんダメ出しして。
昔あるSVに「質問されて沈黙はいけない、相手の時間を大切にしていない。自分の都合で相手の時間の無駄使いをしてはいけない」と言われて「そうだそうだ」と思ったことがある。
そこが会議の中でうまく出来ていない。たくさんの良いことと素晴らしいこと大変なことを行っている。
それじゃ もっとみんなに理解できて夢が持てるように伝えれたら(夢あるプランなので)
みんな笑顔で、将来のプランを語りだすと思うのですが・・・そこが残念だった。
2015年のブログ
2015年
12月
24日
木
12月恒例 ボーナス配りの旅&夜空のジンギスカン会議

今年も出来ました。12月ボーナス配りの旅!
走行距離合計 550キロ
今年は雪がなく楽でしたが、さすがに旭川は路面が雪で覆われてました。
23日の夜に札幌で夜空のジンギスカンの会議&忘年会があるので一日目は、まず登別から旭川まで行って4店舗を回りボーナス配り。
その後、札幌までまた戻ってきて会議に参加。
ムリ〜・・・昨日も一昨日も飲んでお腹痛いし、眠い〜・・・
むむむ カフェイン3倍のブラック缶コーヒー飲んで、復活〜
札幌に着いて会議に参加できたのはもう4時過ぎてました。そこにサンタさんがやってきて、プレゼントいただいてちょっと感激!
その後4人で飲んで、僕はちょっと抑えめでみんなの話を聞く役目にまわり・・・
そこで「やっぱりすごい人達だ」と思ったのが「何のために仕事してたくさん稼ぐの」という話
その答えをスパっと言える「誰かの為になりたい、僕が出来ないことをその相手がしてくれることがとても楽しくてしょうがない」・・・すごい!それも何人も、そしてびっくりする額・・・すごすぎ!
「稼いだものの8割は人のために使っている」こちらも凄い!僕はこの先輩と知り合って幸せです
しみじみ思いました。 僕らはついてるし幸せだ〜!
2015年
12月
16日
水
旭川で語ってきました

旭川の店長から連絡あって「地域限定社員にしたい人たちがいるので、話をしてもらえないですか」ということで。
行ってきました、旭川!
まずは旭川の社員さんと3名のスタッフさんとで会議室でお話。「どういうこと話せばいいの?」「社長の思っていること」
なんで仕事するの?僕はお金がほしいいい生活がしたい、家がほしいから始まった。でもね今はそんなこと考えてもいないのさ、なぜ?
若いころは人の3倍仕事して結果をバンバン出していった、でもその時は「俺はやってる、みんなより仕事出来てる・・・」なんて考えてた。
でもその時の「人の3倍仕事して」ということも、まわりを敵に回して仕事してるので1.5倍の結果も出ないし、嫌なことばかり起こる。なぜ?
だって身勝手で自分のことばかりしか考えてないから。「仕事するけど嫌なやつ」だった気がする。
その後沢山の人と出会ったり、怒られたり、怒られたり、悔しい思いしたり、悲しい思いしたり・・・
2015年
12月
11日
金
卒業していった社長たち

卒業していった社長たちには、片腕という人が昔いた。その人達が何かの理由で辞めていって、きっと緊張の糸が切れたのかもしれない。
その直後に先輩たちに会うとけっこう気が抜けたようになっている。そうだよね、全部注ぎ込んだ人が辞めちゃうんだも。
いろいろな原因があると思うけれど、立場の問題のような気がする。
社長は、大きな資金を投入して会社をどんどん大きくしたり、それを維持したり、当然社員さんの育成にいつも頭を使って動いている。
店を任せている社員さんが、結構いい成績を出して「自分ならもっと出来る」と思う気持ちもわかる気がする。そして「自分の実力を試してみたい」と思って巣立っていくのもわからないでもないけれど。
そこの土俵は誰が造った土俵?銀行に行ったらいくら資金を貸してくれるの?今の自己資金はいくらあるの?あなたの人力はみんなを惹きつけられるの?・・・・
社長って、社員さんに飴と意思、夢、課題をいつも与え続けなくちゃいけないと思う。
ムチはいらないけれど、ある程度真剣に戦わなくちゃいけない時もある。そして大事なのは「考え方」「正しい判断基準」のような気がする。
2015年
12月
09日
水
最近まじめに書いてるなぁ〜

日本一になっちゃえ!
例えば、僕はヨットでの手先のあまり利かないことになっているし、達人はたくさんいる。ここで戦ってもしょうがない、困ったときは頼むことにしている。
しかし、店で工作や作業をすると手先が器用でなんでも出来る。と、思われている。
だからこう考えています、自分が光るステージを造ってそこで輝いちゃう。
得意なことを活かしてそこでいつも必要とされる人間になる!
そのためには、素直に物事を見ることと、いつも変化をしていくことが必要だと思う。
それも偉ぶらないで謙虚に相手に接する、自分を自慢しない、いい気にならない。
2015年
12月
04日
金
僕が生きてきて

僕が生きてきて、モットーにして来たことについて最近考えてみました。
自分ができることをしっかりやっていきたい
頼まれた時は、期待に答えてそれを上回ることをしたい
自分で正しいと思ったことを正直にやりたい
騙したり、嘘ついたりしない。
言ったことはしっかり実行する。
素直に意見を聞き行動する。
いい情報は全て公開して自分一人のものにしない
先輩に習ったこと
仲間を信じて悪口陰口を言わない
自分の立場をわきまえて行動、発言をする。
興味本位のことは言わない、聞かない。
なんとなく思いつくのはこれくらいかなぁ。
先日もある会の締めの挨拶を頼まれて、何年か前の締めの挨拶も頼まれてあんまり覚えてないのですが、みんなで雄叫びお上げて締めた記憶がありまして。
僕くらいになると、懇親会でなくてその後の2次会の締めを頼まれるのでけっこう酔ってる、気をつけて緊張しながら内容を考えていてもけっこう飲んでしまっている。
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ワイン 関係ブログ
2016年
3月
15日
火
第25回奥野記念ワインブラインドコンテスト

札幌の奥野さんの功績を讃えて25回も続いているワインブラインドコンテストに出席してきました。
予選白5本 赤5本 国と品種を当てる(探る?)
決勝は3本のワインを探り、地域とビンテージを探る。選択品種、国があるのですがすべてのという感じの選択肢。
土曜日は昼間はルスツにボードに行き、日曜日の朝は時間を間違えてて焦って室蘭を出発、昼食はちょっと辛いカレー、携帯電話を車に忘れてて・・・「予選も通れない と思っていました」
予選白5本
一本目 うーん甘いマスカット、グレーな感じ
2本目 白い花 糖度があるけれど切れがある
3本め ヨーグルト・・・ニュージー????
4本目 たくさんの香りがしないのでこんなこと出来るのはシャルドネ・・・
5本目 白い花の淡い甘い香り
結局あたっていたのは、1本めのちょっと周りの意見に乗った感じの品種、国 4本目のシャルドネ・・・まずいやっぱり、予選落ちだ!
予選赤5本
一本目 薬草 シナモン 紫っぽい深い赤 アルゼンチン??
2本目 草 濃くて温かみを感じる オーストラリアのシラー(ズ)か?
3本め もも 青いインクの香り のりや海藻の香り・・・イタリア、アメリカか??
4本目 麦の香り 青くてムッとした温かい印象 カベルネフランという声が多い
5本目 黒い印象 温かい ガメィの印象・・・・わかった気がする(勘違いでしたがね!)
あ〜分からなかった 結局あたったのは3番めのワインのみ?・・・・多分
2016年
2月
29日
月
僕に商売とワインを教えてくれた大先輩

先日、僕がまだ新刊本屋をやっている時に「商売の仕方」を教えてくれて、「ワイン」を教えていただいた大恩人が室蘭に20年ぶりにいらっしゃった。
ワイン会の仲間はみんなお世話になっていて、大恩人ご夫婦に「息子」と呼ばれている方もいる。
中島の「ムートン」でオードブルを出していただいて、みんなで得意のブラインド(ワインを探る)大会になった。
うーん「ピノだな」「いやいやカベルネ」「サンジュリアン・・・」なんて言葉が行き交うとってもレベルが高い。
そしてみんな気合が入っているから良いワインを持ってくる。ぼくは1993年「グリオラローズ」とっても熟成してそして飲み頃で美味しかった。買った時は7000円位 きっと20年は僕の家で寝ている。
そしてその大恩人が持ってきたワインがすごかった!
2015年
10月
14日
水
新しい物を生み出す

最近聞いたポッドキャストで衝撃を受けた
新しい物を生み出して商品化する。その商品はみんながまだ気づいていないとても便利なもの!
その代表として「iPhone」が挙げられていた
iPhoneが出たことによりその他の会社からスマートフォンがたくさん出て、世の中の人がとても便利に使っている。
こんなものってまだまだたくさんあるような気がする。仕事の中でもたくさんあるような気がする
ここを考えて、他の店との差別化をして「いい店」になれるんじゃないかなぁと思った。
現にうちの会社ではこういうことの積み重ねで数次を出してきた気がする。
最近頭使うことより、機械に使われて仕組みに使われていることが多い気がする。
そこは便利にする仕組みであって、使って便利な機械のはずがどうもおかしくなっている。
もっと自分の能力を発揮する場がとても必要な気がする。そこは自己努力しかないと思う。
僕なら「くっそ〜こんなものに使われるか、はっは〜こういう仕組みか」なんて考えて、その上手を行くことを考えて実行する。
2013年
1月
21日
月
室蘭ティスティングクラブ 2013年1月 第263回

今年1月の幹事は私でして 去年ちょっと口走った「ギガルの100点ワインあるんだよね ワイン会で飲みましょうか?」から始まりまして。
今回はギガル100点ワインととローヌを飲むかい! 縁あって手に入ってワイン一人では飲みたくない、飲むならいつもお世話になっているワイン会のみんなと飲みたい。
コート・ロティ ラ・ムーリンヌ 1988年 シラー89% ヴィオニエ11%
クリームのような白い花の香り 乳酸香、ヤクルトのような優しい香り まろやかで 長い時間を凝縮したような 情報によるとこのワインは音楽に例えると モーツアルトのような というヒントを出したらみんなが当てちゃんた だからモーツアルトのようなワイン!
コート・ロティ ラ・ランドンヌ 1988年 シラー100%
色が薄く まだ縁は赤く力があって 苦味というか力強さ 甘みが走って ザラザラした印象があるがとってもまろやかで複雑味がある このワインは音楽で例えるとブラームスというヒントでみんなが当ててしまった ワイン会をする音楽家か!
コート・ロティ ラ・トゥルク 1988年 シラー93%ヴィオニエ7%
このワインは開いてすぐ一回閉じてしまった それからゆっくりと開いてきて まろやかで優しい女性がゆっくり熟成していく感じ とってもチャーミングで複雑だけれど時の流れをしっかり過ごしている 音楽で例えると・・・ごめんなさい 資料がありません モーツアルトとブラームスが結ばれた感じ?
どれもがあと10年はおいておける そしてとっても優しくて複雑 もっともっと力強く押してくるのかと思ったのですが そうではなく優しく包んでくれて 笑顔にしてくれて会話が弾む素晴らしいワインでした 今年は春から縁起がいいや〜
2012年
4月
27日
金
室蘭ティスティングクラブ ワイン会第254回

テーマは「カルフォルニアワイン」幹事は室蘭を背負って立つM酒店店&市民会館館長のMくんデス 余談ですが・・・同じ歳で彼の奥さまは僕の高校の同級生です
まずは白ワイン4本
①オー・ボン・クリマシャルドネ「ロス・アラモス・キュベV」2009
カルフォルニア 参考価格3800円
香りは はちみつ 綿菓子の香り その余韻が味にも同じで暖かい印象でそんなに複雑味がないカルフォルニアだと思った みんなの意見も一緒でした
②ブルゴーニュ・ブラン「クロ・ド・シャトー」2009 参考価格3000円
DMシャトームルソー ムルソー地区で自社畑で収穫ししたぶどう主体で造ったブルゴーにニュブラン
樽の香りがして、シャルドネらしい骨格がしっかりしている
味は固いミネラルの感じと、複雑味があって アフターに美味しいい程よい甘みが残る
こういう香りを「セフィーユ」の香りというとおしゃれだそうです わからん!
③シャトー・モンテリーーナ2009 「シャブリスタイルのカルフォルニア・グランクリュ」
カルフォルニア 参考価格6000円
香り 硬い印象 パイナップル シャルドネのぶどう品種でシャブリ?と迷った。味にはミネラル感が感じてアフターに甘みが感じられる。カルフォルニアと思った みんなの意見が違って最初は僕だけがカルフォルニアで、やばい またやっちゃったかな・・・でもあとからみんなもカルフォルニアという見解に
④シャサーニュ・モンラッシェ2006 ルイ・ジャド 参考価格6000円
みつの香り 樽が程よく感じて とても香りに複雑感があった
味は 最初しょっぱく感じて 力強いシャルドネでミネラル感がしっかりあった
みんなとの意見と最初はこのワインで違っていて僕はフランス(ブルゴーニュ)でみんながカルフォルニアだった最後はみんなもフランスになったけれど力強くてしっかりしている感じが「さすが ルイ・ジャド」ですよねという意見に。
2011年
8月
23日
火
室蘭ワイン会 テイスティングクラブ 246回 8月

今月の担当は 先月に続いて 室蘭の好青年が歳をとったMくん 彼は僕と違って根っからの「いい人」 自分の仕事以外に何かと引っ張りだこ そしてとても頼りにされている人物 ん〜こんなもんでいいかな! ま 僕とは正反対の同い歳
スパークリングワインとボルドーの白ワインPart2 がテーマです
1 バロンド・ロートシルト・ブリュット シャルドネ50 ピノノワール・ピノムニエ50 参考価格6800円 ボルドーのロートシルト家三社がパートナーシップを組み造ったシャンパーニュ
ともかく難しかった すべてがバランスよく複雑でそして飛び抜けてない・・・・憶えていてね
イースト香ほんのりしょうゆの香り 日本?でもこんなにレベルの高いスパークリングは造れないと思う。 酸味と苦味がバランス良い 柔らかな甘味とフルーツの感じがする
グルーピングでシャンパーニュはわかったのですが 全部レベル高い!
2 ”J"キュベ20ブリュット シャルドネ55 ピノノワール43 ピノムニエ2 参考価格4500円 アメリカ ソノマ・ロシアンヴァレーのテロワールを反映した高品質な一本
少しきついアルコール香 泡立ちが少し弱くて 酸味がたつ 口に入れた時の甘みが走る
シャンパーニュでないどこかでしっかり造られた 結構良い作り手の第3国のスパークリングと思った
3 シュラムスバーグ・ブランド・ノアール ピノノワール90 シャルドネ10 参考価格4850円
アメリカのホワイトハウス御用達のワイン ヴィンテージワインはアメリカのクリュッグの異名をとる
黒ぶどうの香り ピノが多い雰囲気の甘い香りがする 柔らかい泡立ち 泡に力強さがない 上品な甘みがあり苦味と複雑味がある これもどこか第三国で黒ぶどうを多くつかったスパークリングの意見が多かった 最後にはやはりカルフォルニアという意見に集約
4 ドンペリニヨン 2000 ピノノワール52 シャルドネ48 参考価格15000円
ビンテージもののドンペリ わからなかった ワイン会ではあんまり評価が高くないドンペリなのでありました
アルコール高がしっかりしていて イースト香シャンパーニュと思うのですがなにかちょっと力強さにかける気が・・・なに? 味は苦味と酸味が複雑に絡み合っている 結構良い作り手と思った
そうですよね ドンペリですもの みんないいワインした 力強さにかける気がしたけれど・・
2011年
7月
24日
日
室蘭ワイン会 ティスティングクラブ

ワイン会2011年7月 担当はワイン会のいい男 松永 さんです
第一部は スパークリングかシャンパンかシャンパンが一本
1 フェラーリ ブリュット イタリア 品種 シャルドネ
黒いタイヤ(フェラーリだから?)泡はちょっと弱い 味はとってもちから強くて アルコール度数が高い でも南半球ではない感じ アフターは力強いが複雑味にちょっと欠ける感じ
2 カルデッド・ブリュット (ロデレールエステート) カルフォルニア シャルドネ70 ピノノアール30
シャンパーニュかちょっと弱いのでイタリアかと思った
黒ぶどうをかんじる 少し鉄分をかんじて 泡は少し弱く うすい感じがする さわやかで力ずよいが やはりちょっと複雑味がかける さわやか
3 ドラモット・ブリュット サロンのセカンドワインと称されている
シャルドネ50 ピノノアール30 ピノムニエ20
正統派のシャンパーニュという感じ 泡はとっても細かく上品 イースト香がしてやさしい印象 とっても複雑でまろやか うー旨い でもね、ティスティング用にちょっとぬるくしている・・・
4 セグラデューダス・ブルート・リゼルバ・エレダード スペインの最高級カヴア セパージュはマカベオ67 パレリーダ33
泡は大きくて 前も飲んだことあるのですが これもちょっとぬるくしてあって印象が違った
とっても力強い プラスチックというか違うぶどうの香りがした ミュスカとか甘いブドウの印象がする アフターに苦味がある
2011年
5月
19日
木
室蘭ティスティングクラブ 2011,5例会 トスカーナ

室蘭ティスティングクラブ 2011 5月例会 トスカーナ州特集 担当 Yさん(無類のイタリア通 今回は サンジョベーゼ種 そして グロッソ種も含むのお題でした
国 品種を考えてください イタリアでしたら DOP(旧DOCG,DOC)についても知見を述べてください。 の出題のみ なかなか知見なんていうのが 憎いねー
Part1
1 Bronzone 06 Tenuta BELGUARDO サンジョベーゼ100% DOPモレッリーノ・ディ・スカンサーノ 参考価格3045円
香りは ぶどうの茎 葉巻 昆布 蒸したお米 味は 少し薄く感じて まろやかな味わい 太陽が結構多くあたったぶどうで独特の甘味があるその中にインクを感じる 口の中に乾燥プラムの味わいが広がり柔らかく女性的な印象 アフターに酸味が少し感じる サンジョベーゼだと思った そして結構美味しい パートワンでこんないいの古いのだいいていいの?って感じがした
2 Castello di Fonterutoli 06 サンジョベーゼ90% カベルネ・ソーヴィニヨン10% DOP キャンティ・クラシコ 参考価格 5565円
お米の蒸した香り 養土 昆布 ミネラル 太陽をたくさん浴びた果実を感じ 飲むと深い甘みとまろやかさと香りが溶けこんでとっても美味しい アフターにしっかりした作りの硬さとさと心地良い酸味を感じる キャンティという感じがした あートスカーナの大地が思い浮かぶ・・・
3 Rosso di Montaltino 07 LISINI ブルネロ100% DOP ロッソ・ディ・モンタルチーノ 参考価格3045円
ミネラル 硬い印象 養土 焼きいも 紫の花の香り(印象)ホワイトクリーム 白コショウ 味は 甘酸っぱくて柔らかくて甘みがとってもチャーミングでちょっと乳酸香を感じる 若い果実、ウリ 硬い白い野菜を感じた 葡萄の実が大きくてちょっと凝縮感がない印象グロッソ?って印象
とても3本とも美味しくて 2番目が一番印象深かった。今でも飲めるキャンティ・クラシコがあるんだ。熟成したらドンだけすごいのでしょう 素晴らしい3本でした!
2011年
3月
29日
火
i herb & Y’NSトウキョー お届けものです!

今回は i Herb は サプリメント と ボディシャンプー を取り寄せました。サプリメントのビタミン剤は総合のビタミン剤で3ヶ月前くらいから飲んでみている 変わった? わからないです! ボディシャンプーは、前回取ったのがベビー用で泡立ちが悪くて・・・ 取りなおし。今回のはシアバター?(天然の)が入っているみたいで、体洗ったあとキュッキュしていた。いいかも
もうひとつのビタミン剤は ペプチド ようするに血圧の降下作用があると言われているものです。太っていいない 運動している でも 遺伝のようです。 高血圧 最近結構いいのですが・・・・ケミカルでなく治せたら。
ワインは
2011年
3月
18日
金
室蘭ワイン会 241回Part2 ティスティング

やっとPart2を書く気になりまして・・・・
第2部 ちょっと高くなって秘蔵のローヌが「ローヌひでき氏」からだして頂いて。
1 Chateauneuf de Pape Barbe Rac M・CHAPOUTIER 1989
シャートーヌゥデパプ バルベラック エム・シャプティエ (間違ってますかね?)
ま 日本語読みがなかなか判らない位にむずかしいですよね。
グルナッシュ100% 樹齢80年 パーカーポイント93点 600ケース
おっ キタねー という香りです
アルコール度数が高く感じる そしてぶどうをつ美した香りと、マデラ香(マデラ酒 酒精強化ワインのような ポートワイン(簡単にいえば ちょっと失礼ですけど))
やっぱりそのなかに青い茎の香りがする 僕は青ネギの香り 味はまろやかで口の中でビロードのように広がって 何このワイン? 美味しい でもどこの 何? 位美味しく変わっている
こういうのがおいしいワインって言うんでしょうね ってワイン
2 Hrmitage LaPavillon M・CHAPOUTIER 1989
パーカーポイント100点 品種 シラー
2011年
3月
17日
木
室蘭ワイン会 第241回 ティスティングクラブ

今回はローヌのワイン特集です 酒本さんの幹事で、秘蔵のワインが出るらしい・・・
第一部から結構いい感じでして
第一部
1 Cotes de Rhone JANASSE 1998 品種は グルナッシュ50% シラー20% カリニャン15%
ムーブベルト10%・・・・多分 はっきりわからない。
香りは 固いココア 海藻 のり セロリ(青いくき)(実は僕は長ネギを感じた)
永谷園のお吸い物の香りもした。。。 若々しく、力強い 青い茎の印象で なかなか開かない
味の表現が難しい
2 Cote du Rhone M・CHAPOUTIER 2007 シラー50% グルナッシュ50%
蒸したコメ 発酵した草の香り 焼きいも ミルミル(ヤクルトの)
僕はエルミタージュの印象だった シラーの香りがギンギンした
まろやかで 味わいがあって アフターに黒ぶどうの皮のキレ感があった
さすがにシャプティエ ビォオデナミ(自然派製法) 深い味わいだった気がする
3 Saint-Joseph ALAIN GRAILOT 1996 シラー
草の発酵した香り ミント 太陽に焼けた黒い石 コショウ
味はとっても力つよくて ミルクのような味わい ピリピリして甘味がある
印象は シットリしている感じがした
この作り手は 1985年にドメーヌを買って、安くておいしいワインを作っている
北と南で味わいのばらつきもあるという噂ですが このワインはとっても美味しかったです
4 Cornas La Louvee JEAN LUC COLOMBO 1997
ミルク ミント 発酵した草の香り 牛舎
ボルドーのような牛舎の香りから、ミルクの感じ 柿の渋みが感じる
まろやかなのですが味わいでザラザラ感がある アルコール度数が高く感じる
とってもまろやかな甘味を感じて上品な印象です
さすがにコルナス 日光が良く当たっている歓喜ですかね このワインは新樽100%でした
でもその新樽はあまり感じられなかった もうこなれていたかも知れない。
いやー わかりません 熟成したローヌは美味しいけれど
品種だったり地域だったりは 決めたがなくただただ美味しかった
パート2は 次回に やっぱり味わいの表現ができてませんね〜 反省!
2011年
2月
18日
金
カスターニョ ヘクラ 2004 3年寝かせた

カスターニョ ヘクラ (カスターノ? ヘクラ) 2004年 スペインワイン ま、いいか!読み方なんて 英語読みだったりスペイン語読みだったり・・・ 日本語読みだから
3年前からセラーに寝ているワインです 1000円しなかったんじゃないかな!そんなのを保存しても良くはなりません・・・・が 普通は! でもこのワイン、力強いんです ロバート・パーカーが絶賛するワイン ということは厚ぼったくて力強い作り。
3年前は 「なに 力つよくて なんか厚みがない。 繊細でなくグイグイおしてばかりいて、おいしいの?」と思っていた。 そんでセラーの端っこに追いやれれていたのですが。今回 抜栓!
美味しくなっていました
湿った樽の香りの中に熟したいちごの香りが控えめにする なんと色っぽい
味は尖ったとこが抜けて、まろやかなミネラルと潰したいちごのほんのりとした酸味
南国系のような果物のアフター うー色っぽい!
飲んだあとにココアとかコーヒーの後味のような 快い渋みが残る
2011年
2月
16日
水
ドメーヌエルヴェシャルロパン フィサン2008

最近なんか自宅飲みで開けています
旭川の ワインバーブレリアス で紹介していただいて。札幌のフジイさんでまとめ買いしたのですが、多分2千円台だったと思います。
ブレリアスさんは旭川に行ったときに、時間があれば寄っているのですが。とても真面目で、いいマスターがいらっしゃって。いつもちょっと話しながらマスターと二人でワインを一本開けてしまう。ジャズとワインとシガー なんとおしゃれでいい店です。
さてこのシャルロパン フィサン2008 結構いい感じなんです。最近いい感じと思うのが、真面目にワインをつくっている。その姿勢がみえると「あ いいなぁ」と思
2011年
2月
08日
火
室蘭ワイン会 第240回 ティスティングクラブ

室蘭ワイン会240回 今回は酒本さんが幹事。今回のテーマは、赤ワインの飲み比べ。そして多分ブルゴーニュらしいと言う前情報があった。
第一部は赤ワイン4本飲み比べ え?第一ラウンドからレベル高くない?という印象 グループピングはくしくもビオワインとそうでない物。
当然 室蘭ワイン会のしきたりにのっとって、ブラインド、デキャンタにナンバーふって。回し飲み?まわしつぎ!そしてマイグラス持参。