履歴書 2 新刊本屋の憂鬱

新刊本屋をやっていていつも疑問が多くあった。

なぜ立ち読みされてボロボロになった本を定価で売らなくてはいけないのか? 古くなって埃かぶった本を定価で売らなくてはいけないのか。

注文した本が1ヶ月も掛かってくるのか?

学校で教材を教師が売って利益を出しているが、教育委員会は見て見ぬ振りをするのか?

そんな中ブックオフという商売を知って、どうしても話を聞きに行きたくてやっと旅費を工面して横浜の坂本社長に会いに行きました。

「私、新刊本屋で新しいブックオフビジネスをやってみたい、ぜひ加盟させてください」「うちは、新刊本屋は加盟させてないんですよね」「いえいえ、私はファミコンリサイクルもやっていて変な本屋ですから大丈夫」「そうですか〜・・・」てなわけで当時坂本社長が乗っていたシーマで町田のブックオフとファミコンのリサイクルをやっている店に見学に行く。

「ここのフェミコンの売上は○○円ですよね」「いいですね〜 面白いそれじゃもう一件」

なんとなく気に入っていただいて加盟の方向に動き出した。その途端母親は泣いて「このままでいいでしょ、教科書売ってたら大丈夫じゃないの」

新刊本屋の取次は「ブックオフに入るなら新刊本屋やめさせるぞ 返品商品に中古を入れるなよ・・・」

そんなこと言われても将来を考えてごらん 新刊本屋では食べれなくなるよ

(その時の不安は今となって間違いではなかったことに気づく)

それにしてもお金の不安があった ブックオフ加盟金、商品代、什器、入居する物件の敷金・・・

32歳の当時、銀行に目一杯借りて国民金融機関に借入(親戚に500万円の保証人を頼んだら断れて)最後の最後は入居する物件オーナーに敷金を分割にしてもらいやっとオープンの準備が整った。

当時3000万円くらいの借り入れだった気がする。経営計画書も稚拙で、ワープロで入力した覚えがある。なんとかオープンさせたブックオフ1号店 当時は北海道で一番大きなブックオフで、午前10時オープン 夜中の12時に閉店 準備からオープン後1カ月新刊本屋とブックオフを掛け持ちして、体力の限界を感じて倒れてしまった。 それからはブックオフの社員さんにたくさん仕事を振って、順調に進み出したらまた「資金が足りない」「ブックオフの売り上げもなかなか伸びない」また仕事にハマり出した。当時は出店ラッシュで、商品を売るノウハウは本部にあまりなかった。

ともかく各店が独自に工夫して売り上げを上げていたような気がする。

それでもファミコンリサイクル事業はソニーのプレステーションが出たり、スーパーファミコンが出たり、あっという間に1000万円の売り上げが上がるようになった。ブックオフが苦戦している中ファミコンで食い繋いだっていう仕組みでした。

そうこうしている間に、学校の教科書販売時の注文書でいつも学校で売る商品がうちに注文されてきたのでそのまま注文書をあげた。そうして生徒に配る教科書一覧表の作成になって「この商品はここに記入でいいですか」と担当の先生に確認しにいったら「私は注文していない」と言われたので「注文はこの通り記入されていますが」と見せたときに「詐欺だ!」と言われ

長年積もり積もった不満が爆発「詐欺ってどっち? 誰に言ってるの? 出るとこ出てやる、覚悟しておきなさいよ」 と言ったて店に帰ってきた途端、校長から電話 「お話があるのですが」